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カレーのきっかけ
沙織がスパイスカレーを作り始めたのにはきっかけがある。
大学時代からの付き合いで、目下お付き合いをしている樹が大のカレー好きで、レトルトカレーを食べすぎてしょっちゅう胃をおかしくしていたのだ。
カレーを食べると元気が出るんだよね、と嬉しそうに言いながら、実際には辛み成分を取りすぎて胃が痛くなり、レトルトカレー→胃薬→お粥→再びカレーという負のループに嵌っていた樹が気の毒にも愛おしくも思え、辛みのないスパイスカレーを作ってみようと思い立ったのだ。
沙織の作ったスパイスカレーは、紆余曲折を経ながらもだんだんと美味しくなる確率が高まり、すっかり樹のお気に入りになった。いまでは週に3回は、樹のためにスパイスカレーを作っている。
今夜も樹は沙織の家に来て、玄関を入るなり
「お、なんだか沙織の家はすっかりカレー屋さんみたいな匂いになったね」
と言いながら、ネクタイを緩め、笑った。
このひとの、あっけからんとして太陽みたいなところが好きだ、と沙織はいつも思う。真面目な沙織には真似のできない楽天思考を、ちょっとうらやましく、ちょっと困ったものだと思っていた。
樹は結構お給料のいい会社に勤めているのに、あっという間にお金を使ってしまう。
すべてカードで支払っていて、翌月の給料が入ってくるのを見越して豪勢にひとにおごったりしてしまうものだから、給料は入ったと同時にほぼ前月のカードの支払いに消える。
人付き合いも広くて、いつもひとの輪の中心にいるようにみえる。臆病で慎重な沙織には、とても真似できない。
安定した情緒と、大物になりそうな気質のように沙織には思えて、そんな樹が沙織を選んでくれたことを、なんだかあり得ない幸運のように思っていた。
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