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巨大写真
冷泉がとろりと微笑む。
カラスの濡れ羽色の癖っ毛に、ブランデー色の垂れた瞳。腰には黒いエプロンを巻き、腕巻くりをしていた。まるでカフェの店員のようにお洒落な雰囲気である。
不意打ちであらわれた美貌の恋人に、春香は心臓をドキドキさせる。
「た、ただいまです。これ、ケーキです。びっくりしたぁ……。ぴったりのタイミングでしたね。まるで待ち構えていたみたい……」
「うふふ……そうかな? あ、ケーキありがとう。遠回りさせちゃってごめんね。お仕事お疲れ様。さ、入って」
冷泉が春香から鞄とケーキを受け取って、唇にチュッとキスをした。
「きゃっ……」
突然の口づけに、春香はピキーンと固まる。顔が真っ赤である。
「うふふ。お帰りのキスだよ。かわいいなあ」
冷泉はさりげなく春香の腰を抱き、髪やこめかみに接吻した。
「逢いたかったよ。一日離れているだけでも、限界だった。春香の部屋で、きみの匂いに包まれていると、むらむらしたり、寂しくなったり……。大変だったよ」
「む、むらむら?」
「んー……。春香の髪って、いい匂いする。シャボンの香りだ。僕がプレゼントしたトリートメントを使ってくれてるんだね。ありがとう。ほんと良い香り……。あー……またむらむらする」
「あ、あのー。先程から仰っている、その……むらむらとは?」
「うふふ? さーて、ご飯ごはん」
冷泉はにっこり笑うと、春香の手を引いてリビングへ誘{いざな}った。
そこは華やかに飾り付けされていた。溢れんばかりの料理が並ぶダイニングテーブルや、高価そうな花瓶にいけられた花たち。
中でも春香がド肝を抜かれたのは、壁に設置された巨大写真である。金縁の額に入ったそれは、春香と冷泉が初デートした水族館で撮った、プロポーズの瞬間だった。
深海のクラゲたちを背景に、目を潤ませる春香と、ひざまずいて365本の薔薇を差し出す冷泉が写っている。そんなロマンチックな写真が、まるでお城の肖像画のように、でかでかと飾られているではないか。
「な、なんですかこれ!?」
春香は昨日まで出現していなかったそれを見て、ついツッコミを入れてしまった。
「んー? いいでしょう。僕らの愛の始まり。いい写真だから、つい拡大して印刷しちゃった」
「これ、いつ撮ったんですか?」
「んー……ひ・み・つ。いつ撮ったのかと聞かれれば、365日24時間撮ってる、ともいえるかな?」
語尾にハートマークでもつきそうな声色である。冷泉は上機嫌らしく、ささ早く着替えておいで、と春香をくるりとターンさせて、一旦リビングを追い出した。
(な、なんだかすごい方向に行っているような……)
――冷泉さん、少し変わっているところ、あるからなあ。でもすごく楽しそうだから、まあいっか。
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