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美味しい晩御飯
腕時計を外し、通勤服からゆったりしたルームウェアに着替えた春香は、再びリビングに戻ってきた。
うさ耳のついたパーカーと、揃いのしっぽ付きパンツ姿だ。パステルピンクの、もこもこしたその上下セットは、最近のお気に入りだ。
この部屋着は、人気ブランドの限定品で、すぐ売り切れてしまう。と以前ぼやいたら、冷泉がツテを頼って入手してくれたのである。
春香が近づくと、対面キッチンにいた冷泉がすぐに顔を上げ、にっこりと笑ってくれる。
「うわあ、かわいい。もこもこしてる」
「買っていただいたもの、愛用してます。最近こういう着ぐるみみたいなものにハマっていて……。あの、変ですか? 子供みたいで……」
春香はもじもじしながら聞いた。冷泉は首を横に振る。
「まさか。かわいいよ。春香は何を着ても似合う」
「そ、そうですか? じゃ、見て下さい。うさ耳としっぽもついてるんですよ」
褒められて嬉しくなった春香は、フードを被り、くるっとターンして見せた。すると冷泉はますます目を細め、賛辞を贈る。
「うん、かわいい、かわいい。食べちゃいたいくらいかわいい。めちゃくちゃ似合ってるよ」
「本当ですか?」
「ほんとほんと。……ちょっと脱がしたらもっとエロかわいいと思うなあ」
「? えろ……?」
「ふふふ。こっちの話。――さ、食べようか」
冷泉はにっこり微笑むと、両手に土鍋を持ってリビングに現れた。ダイニングテーブルの卓上コンロにセットしている。春香は良い匂いに釣られ、そこに近づいた。
「うわあ……!」
眼下に広がる美味しそうな光景に、春香は黒い瞳をきらきらさせる。
メインは朱色が眩しいタラバガニのしゃぶしゃぶだ。ほかほかと湯気が立っている。分厚い土鍋の中では、贅沢に切られた昆布が一枚沈み、こぽこぽと泡をたてていた。うっすらと金色みがかかった出汁からは、甘い潮の香りが立ち上っている。隣に置かれた大皿には、白菜や、ネギや、豆腐や、しいたけや、糸こんにゃくなどが綺麗に並べられている。しかもにんじんなんて、花の形にくりぬいてあった。
なんて器用なのだろう、と春香は感心した。土鍋の周りに置かれた小鉢には、定番のポン酢や、ごまだれなど、いろいろなタレと、薬味が用意されていた。
さらに目を移すと、手元には、錦糸玉子がたっぷり載せられたひじきの混ぜごはんがある。
副菜として、コールスローサラダや、小判型のコロッケや、サイコロステーキなど、洋風のおかずもしっかり押さえられていた。
飲み物は炭酸水である。ワイングラスにいれてあるが、もちろんノンアルコールだ。
冷泉と春香は二人とも下戸で、ごはん党なのである。特に実家が米農家の春香は、白いごはんが大好きなのだ。
「すごい……これ全部冷泉さんが作ったんですか?」
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