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パーフェクトな男性
「うん。お口に合うといいんだけど。あ、デザートに林檎のコンポートを作っておいたんだ。手作りヨーグルトにかけて食べようよ。あとかぼちゃプリンもあるよ。春香がケーキを買ってきてくれるから、被らないようにしたんだけど、どう? 大丈夫?」
「全然平気です! すごい! 感動しました。全部美味しそう」
「ありがとう。さ、食べようか」
二人は席に着いた。いただきます、と合掌し、春香はまずタラバガニに手を伸ばした。硬い殻を指先で摘まみ、ふるふると揺れる脚を、ゆっくりと出汁に浸す。
「こんな感じでしょうか?」
「うん。良い感じだね」
数回泳がせて、そろそろというところで引き上げ、ポン酢にちょんちょんとつける。白い身が、ほんのり金色に見えた。それから思い切って口を大きく開け、ぱくりと奥まで頬張った。すーっと筋を引き抜き、咀嚼する。
「ん~っ!」
春香は目を輝かせて、歓喜の声をあげた。塩気のあるぷりぷりの蟹肉が、舌でとろけていく。濃厚な味だが、さっぱりとしたポン酢と相まって、極上の美味しさだ。
「あはは。春香いいリアクションするね」
「美味しいです! 蟹、美味しすぎますっ」
「どんどん食べてね。野菜も煮ていくよ。あ、そのままでも食べられるように、僕が蟹をほぐしておくね。春香はじゃんじゃん食べていいから」
と冷泉はかいがいしく鍋奉行をしたり、蟹をせっせとほぐしていく。彼は細長い銀の棒を使い、器用に身を取り出していた。
「ありがとうございます。全部美味しいです」
「そう? 良かった」
冷泉は垂れ目を糸にして笑った。春香は恋人にこんなに美味しい手料理をごちそうしてもらった経験がないので、とても感動していた。冷泉のごはんはどれもすばらしく、文句のつけようがなかった。食器選びの能力も、盛り付けのしかたも素敵である。彼のセンスの良さと、器用さが窺えた。
(冷泉さんって本当にパーフェクトな男性なんだな……)
――仕事も出来るし、優しいし、料理も得意だなんて……。
春香は蟹をもぐもぐしながら、愛しい彼氏を見詰めた。今も真剣な顔で、鍋奉行している。冷泉は春香の視線に気がつくと、顔を上げ、にっこりと笑ってくれた。その甘い微笑みに、ますます胸がキュンとくぼむ。
二人は締めの蟹雑炊までたっぷりと味わった後――なんと春香はひじきの混ぜごはんも完食した――、とりあえず済んだ食器を片付けることにした。春香が運び、冷泉がさっと温水で汚れを落とし、次々食洗機にかけていく。
二人が並んで作業しても充分スペースがある広いキッチンは、春香のお気に入りの場所だ。
大きな冷蔵庫や、最新の食洗機を置いても、まだ余裕がある。洗い場の周囲は彼がいつもピカピカに磨いてくれていて、水垢ひとつない。いつも目に入る場所に、小さな観葉植物が置かれていて、見る度にほっとする。
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