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01.これは夢だと言ってください。
ゆっくりと目を開けると、そこには見たこともないような、眩いばかりの美しさを放つものがあった。
キラキラと輝いているのは、まるで宝石……淡いブルーのアクアマリン。その形の良い双眸が私を静かに見つめている。それに気付いた時、私は初めてそれが「もの」ではなく、「人」だと認識した。
通った鼻梁、形の整った薄い唇、優美な曲線を描く髪留めでまとめられた長い銀の髪、その全てが「美しい」と評するしかない。
男性とも女性とも判断のつかない、線の細い中性的な容姿。私は今、その人に抱きかかえられている。
なんて……綺麗な人なんだろう。
私は視線を合わせ、ただひたすらに見惚れる。
これは夢だ。夢なのだ。だって、これが現実でなんてあるわけがない。
「あなたは……?」
「はじめまして。私はこの国の最上位魔法師、フィルと申します」
「この国?」
「ここはアマルフィア王国。私があなたをこの国に召喚したのです」
ショウカン? なにそれ? それに、マホーシって? アマルフィア王国なんて聞いたことがないけれど、どこにあるんだろう?
聞きたいことはいろいろあるけれど、まずはショウカンについて尋ねてみた。
「ショウカンって……?」
もっとよく話を聞きたいと思ったのに、フィルさんは私を抱いたまま立ち上がった。そして、私の問いは無視して歩き出す。
待って! どこへ行くの!?
細身のくせに力はそこそこあるらしく、私がちょっとやそっと動いたところでビクともしない。それどころか余裕の笑みで「すぐに終わります」なんて言ってくる。
すぐに終わる? いったい何をするつもり?
私はフィルさんによって祭壇のようなところへ連れて行かれ、そこで下ろされる。
目の前には煌びやかな台があり、水晶玉のようなものが置かれてあった。
「手を翳してください」
優雅に微笑みながらそう言うフィルさん。でも、何気に圧が強い。
私は怖いと思いながらも、手を翳すくらいならと、言うとおりにした。
シーン……。
何も起こらないんだけど、もうやめていいかな?
私は水晶玉に手を翳しながら、フィルさんの方を窺う。
フィルさんは驚愕しているようで、美しい容姿を僅かに歪ませていた。
「あの……」
「この者は聖女ではない!」
私がフィルさんに声をかけようとした時、どこからか大きな声がした。
セイジョ? セイジョって、もしかして聖女?
全く意味がわからない。だって、私が聖女じゃないなんて当然だからだ。
私は、会社と家を往復するだけの地味な社会人。聖女なんて、そんな御大層なものであるはずがない。
それに、聖女なんて、まるで……。
と、そこまで考えたところで思い当たる。
さっきフィルさんが言っていたショウカンって、もしや召喚のことでは? マホーシのマホーとは、魔法のこと!?
私があれこれと頭をフル回転させていると、フィルさんが先ほどの声に対して強く異を唱えた。
「私は確かに異世界から聖女を召喚した。間違いなどありえない!」
「だが、判定石は何の反応も示しておりません。最上位魔法師であるフィル様のおっしゃることもわかりますが、判定石の判定にも間違いなどあるはずがないのです!」
今、なんて言った? 「異世界」とか言った??
フィルさんともう一人の誰かが言い争っている。
その人は、フィルさんとは真逆の雰囲気を持つ男性だった。
赤毛で深紅の瞳、年齢はフィルさんよりも年上だろう。体格もよく、鍛えられているといった感じだ。
言い争う二人を前に、私はどうしていいのかわからない。そして、私は明かされた衝撃の事実に、膝から崩れ落ちそうになる。
私はフィルさんによって異世界から召喚された。しかも、聖女として。
でも、どうしたって私は聖女なんかじゃないし、なれもしない(と思う)。
フィルさんには申し訳ないけれど、ここはおとなしく間違いを認めて、私を元の世界、日本に帰すのが一番いいのでは?
むしろそうしてほしい。そうしてください!
あ、でもこれは夢なんだから、こんなにオロオロする必要もない……のかな?
するとその時、二人とはまた別の、凛とした声が辺りに響き渡った。
「闇雨はあがった! この者が例え聖女でなくとも、務めは果たしたのだ!」
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