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あああああ! また意味のわからない言葉が!
それに、その声の後、外の様子を見に行く人が大勢いて、なにやらわーわーと叫んでいる。
話の全く見えない私は、ぽつんと一人残され……。いや、側ではいまだにフィルさんと赤い髪の人が睨み合っている。
「バイロン、あなたはどうしても、彼女が聖女ではないと言い張るんですね?」
「はい。判定石がそう示しております故」
なるほど、赤髪の人はバイロンさんというのか。
二人の口ぶりからすると、バイロンさんよりもフィルさんの方が立場は上なのだろう。そういえば、最上位って言ってたし。
改めて辺りを見渡すと、思った以上に人がいた。煌びやかな格好をしている人もいれば、騎士のように剣を携えた人もいる。
アマルフィア王国。
ここが外国であることは間違いない。それにしては、言葉がちゃんと通じるのが不思議だけれど。これも、やっぱり夢だから?
「名は?」
突然声がしたものだから、飛び上がりそうになる。
恐る恐る声がした方を見ると、そこには騎士と思われる格好をした人がいた。この人だ。この人が、ヤミサメが云々って言った人だ。
騎士の制服を着ていてもわかる、鍛えられた体躯。背も高くて、威厳があって、年齢はたぶん私と大きくは変わらないだろうけど、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。はっきり言って、怖い。私が苦手とする人種だ。
「君の名前を聞いている」
「ひっ」
さっきよりも大きな声を出されたものだから、身体が勝手にビクッと跳ねる。
名前、えっと、名前、私の名前……。
たかが名前を聞かれているだけなのに、私の頭は大混乱。あわあわするだけで、やっぱり声が出ない。そうこうしているうちに彼の表情が訝しげなものに変わる。
「!」
息を呑んだ。何故なら、彼が顔を近づけたからだ。
「君は話せるだろう? 先ほど、フィルと話していたはずだ」
あぁ、私が何も言わないものだから、話せないと思ったのか。というか、ある意味当たっているのだけど。
あなたが怖いので声が出ません、とはさすがに言えない。私は覚悟を決めて、彼と視線を合わせた。
「……っ」
またもや息を呑む。
目に飛び込んできたのは、深い、深い、青。意思の強いディープブルーの瞳が、真っ直ぐに私を捕えている。その色を見ていると、海の底に引きずり込まれているような感覚になる。綺麗すぎて、怖い。
「碧……。皇碧、です」
やっとの思いでそう言うと、彼は少し驚いたような顔をした。
「スメラギ、というのが名前か?」
「え?」
少し考えて思い当たる。外国は名前が先で、姓が後だ。
私は慌てて言い直した。
「アオ・スメラギ、です」
「アオ、か」
「……はい」
すると彼は、姿勢を正し騎士の礼をとった。
「私は、オスカー・ジュールだ。王宮騎士団で副団長を務めている」
「は……あ」
騎士みたいだと思ったけれど、本当にそうだったんだ。
私がぽかんと口を開けてオスカーさんを見つめていると、彼はバイロンさんと睨み合っているフィルさんに声をかけた。
「フィル、アオは本当に聖女じゃないのか? 闇雨はあがったんだぞ」
「だよね。だから、僕も彼女が聖女だと確信しているんだけど、この頑固者が違うって言い張っててさ」
「フィル様!」
あれ? なんだかフィルさんのキャラが変わってる? この人、こんな感じだっけ?
「これじゃ埒が明かないし、僕は早々に家に帰るよ」
「フィル! アオをどうするつもりだ!」
「僕はきちんと仕事をした。結果についてあれこれ文句を言われるのは心外だよ。王、あなたに彼女の差配をお任せいたします」
フィルさんは、この場で一番高い場所にいる人に向かって、そう言った。
王? フィルさんは王様に私のことを任せるって言ったの? 普通は王様から命令されるものじゃ……?
この国のヒエラルキーがわからない。もしかして、王よりもフィルさんの方が立場は上なの?
誰か私にこの世界の常識を教えてクダサイ。
と、切実にそう思ったところで、はたと気付く。
いや、これは夢、夢なんだ。だから、そんなもの知らなくていい。目覚ましよ、早く鳴れ!
心の中で念仏のようにそう唱えていると、王様が大きな溜息とともに言葉を発した。
「判定石は聖女でないことを示している。だが、闇雨はやんだ。聖女でなくとも、この功績は大きい。だが、王族に迎え入れることはできぬ。よって、我が国の民としての戸籍と、王都に住居、そして当面の生活費を与える。平民として末永く暮らすがよい」
「だって。家とお金があれば生きていけるだろうし、王都は比較的治安もいい。平和に暮らしていけると思うよ。それじゃあね」
「え? ちょっ……!」
言いたいことだけ言った後、フィルさんの姿が風とともに消えてしまった。
え、嘘? あの人、魔法使い? あ、魔法師って言ってたもんね。最上位なら、こんなこともできちゃうのかな?
というか、勝手に召喚して、勝手に放り出していかないでっ! 元の世界に帰せぇぇっ!!
……と叫べれば、どれほどいいか。
でも、小心者の私にそんなことはできるはずもなく、力なくその場にへたりこんでしまったのだった。
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