06.王都にお出かけ

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06.王都にお出かけ

 次の日、私はオスカーとともに王都に出かけた。  この世界に来てから、外出といえば、ルイーゼと一緒にお茶会に出席することくらいだった。  はじめは、作法も知らないし、堅苦しい場は苦手だと言って散々逃げ回っていたのだけれど、ルイーゼの「だめですか? アオお姉様」と瞳うるうる上目遣い攻撃にやられ、やむなく連れていかれる羽目になった。  ジュール公爵や公爵夫人も、私が側にいてくれた方が安心できると言って、背中を押したのも大きかった。……付き添いなら、マリンがいるのにな、なんて思いつつだったけれど。  でも、元の世界では決して体験することはできない貴族のお茶会に参加できたのは、私にとって刺激的なことでもあった。  令嬢たちが纏うドレスや、身に付けている宝石の数々は、煌びやかで目の保養になる。それに、お茶会で使用されているカップとソーサーも、形や模様がとても美しく、且つ、気品に溢れ、目を奪われた。  お茶ももちろん一級品、お菓子一つをとっても素晴らしい。  それに、主催するのはルイーゼの友だちということもあって、突然やって来た私に対しても、とても親切に対応してくれてありがたかった。  異世界からの召喚者ということで、興味津々であれやこれやと質問攻めにあってしまったのは少し大変だったけれど、総じて楽しかった。  今日は市井にお出かけだ。  ルイーゼによると、王都は様々な人が行き交う町で、見ているだけでも楽しいらしい。  貴族しか入ることが許されないような高級な店もあるけれど、平民たちが気軽に楽しめるような店も立ち並び、とても活気があるとのことだった。  私はいずれ、ジュール公爵家を出て、市井に住むことになる。そのために、王都に家も与えられている。まだ見たことのないその家も、見てみたかった。  今日は、朝からサラが大張り切りで、出かける衣装はもちろん、髪をあれこれ弄ったり、おまけに化粧もしてくれた。着替えも手伝ってくれようとしたけれど、それはさすがにやんわりとお断りをした。  着るのに大変な服ならともかく、ワンピースなら自分で着られる。手伝ってもらうとしたら、背中のファスナーくらいだ。  髪や化粧も自分でやるのが当たり前だったので、普段は自分でやる。でも今日は、やりたくてたまらないといったサラに負け、やってもらった。  でも、やってもらって大正解だった。私なんかでは到底できないような髪型に、ナチュラルだけれど地味にならない素敵なメイク。鏡の中の私は、これは誰なんだと言いたくなるような姿。  さすがデキる侍女は違う、と私はめちゃくちゃ感動してしまった。  身支度を整えた私をルイーゼが見にきて、素敵です! 愛らしいです! と何度も言ってくれたものだから、照れながらも私の気分は上がる。  そして、オスカーはどんな反応を見せてくれるんだろうと思いながら、玄関に向かった。  オスカーはすでにそこにいて、私は彼の姿を目の当たりにした途端── 「!?!?」  普段とは全く違う装いのオスカーに、絶句してしまった。  仕事に出かける時は、騎士団の正装をしている。それもすごく格好いいのだけれど、それとはまた違った格好よさなのだ。  貴族っぽさをできるだけ抑えた軽装。それでも、溢れる品格は隠しきれていない。軽装とはいえ、着ているものは高級品であることは一目瞭然なのだけれど……あぁ、どう表現すればいいんだろう?  元の世界で例えるなら、普段はスーツでビシッと決めている人の休日の私服、みたいな。しかも、雑誌に出てくるような格好いい私服姿。そんな感じだ。 「お兄様!」 「え、あぁ……」  見送りに来てくれたルイーゼの声に、我に返ったような顔をするオスカー。   ぼんやりするなんてらしくないと私が首を傾げると、オスカーは改めて私を見つめ、フッと表情を和らげた。その瞬間、私の心臓がバクン、と音を立てる。 「いつもの雰囲気とは違うから、驚いてしまった。アオ……綺麗だな」 「!!!!」  今度は、もっと大きな音を立てた。というか、胸を突き破って出てくるかと思ったよ、私の心臓……。  そして、瞬く間に熱くなる頬。  こんな風に褒められたことなんてないから、どう反応すればいいのかわからないし、恥ずかしいし、でも嬉しいし、本当にどうすればいいのかわからない! 「お兄様が女性にそんな褒め言葉をかけられるなんて、私、初めて知りましたわ」  ルイーゼが悪戯っぽく笑い、オスカーを揶揄う。  オスカーは一瞬眉を顰めるも、すぐに優しい笑みを浮かべてルイーゼの頭を軽く撫でた。 「綺麗だと思ったからそう言ったまでだ。褒め言葉というよりは、正直な感想だな」 「お兄様ったら!」  ルイーゼはくすくすと笑うけれど、私は俯いた顔を上げられない。  正直な感想で、綺麗とか? 嘘でしょう!?  逸る心臓はちっとも落ち着いてくれない。なのに、オスカーは「行くぞ」と私の手を取り──自分の腕に添えさせた。  これって……エスコートっていうんだっけ? ひゃ、ひゃあああああっ! 「では、行ってくる」 「いってらっしゃいませ、お兄様、アオお姉様。お気をつけて、楽しんでいらしてくださいね」  満面の笑顔で送り出してくれるルイーゼに、私はかろうじてちょこんと会釈するだけで、いっぱいいっぱいになっていた。
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