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「まぁ、まぁ、まぁ! オスカー様が、ルイーゼ様以外のご令嬢をお連れになるなんて!」
王都で一番人気の服飾店「エーデル」に到着し、オスカーの来店を知らされた店主が店に出てきた瞬間、彼女は大興奮しながらそう言った。
いえ、残念ながら、ご令嬢じゃないんですけどね。
なんて思いつつ、私はそろっとオスカーを見上げる。
だって意外だったのだ。
オスカーは王宮騎士団の副団長を任されるほど強く頼りがいがあり、おまけに、見た目も文句のつけようがないほどの美丈夫。更には、ジュール公爵家の嫡男であり、将来の当主でもある。
こんな超優良物件、引く手あまただと思うのだけど。
「なんだ?」
「ルイーゼ以外の人と、来たことないの?」
「ないな」
そんな会話を交わしていると、店主はくすくすと笑いながら、内緒話でもするように、私の側で小声で囁いた。
「本当でございますよ。オスカー様に焦がれるご令嬢はそこら中に溢れかえっておりますが、肝心のオスカー様がどなたにも興味をお示しにならないのですもの。どんなご令嬢がオスカー様の心を射止めるのだろうと、それはもう皆さま、興味深々で!」
「そ、そうなんですね」
「あら、私ったら興奮してしまって名乗りもせず。大変失礼いたしました。私、この店の店主をしております、ブリジット・キャンベルと申します」
「あ、私は、アオといいます」
名前しか言わない私に、ブリジットさんは小さく首を傾げる。
この国では、姓があるのは貴族だけで、平民は名前だけなのだ。
平民でも、この店で買い物ができる人はいるだろう。例えば、大きな商会のお嬢様とか。だから、私が平民だからといって訝しんでいるわけではないだろう。オスカーが連れている人間が平民ということに驚いているのだと思う。
「彼女は、フィルが異世界から召喚した女性なんだ。事情があって、うちで預かっている」
「そうなのですね。アオ様、ようこそ、アマルフィア王国へ」
ブリジットさんがにっこりと微笑む。
彼女もたぶん私が間違いで召喚されたことは知っているだろうけれど、それを微塵も出さないのはさすがだ。
「今日は、アオ様のお召し物を?」
「あぁ。王宮から招待があってな」
「あら! それではドレスを御仕立てして……」
「いや、ドレスではない方がいい。時間がないこともあるが、彼女は王族の前で、自分の技術を披露する必要があるんだ。だから、格調高いワンピースなどがいいかと思っている」
「かしこまりました。技術を披露ということは、手先をお使いになりますか?」
私は、はい、と頷く。
すると、ブリジットさんが突然目線を伏せて、無言になる。でもすぐに顔を上げ、艶やかな笑みを見せた。
「お任せくださいませ! 身の回りのものを一式ご用意させていただいても?」
「お願いしよう」
「かしこまりました」
ブリジットさんは恭しく頭を下げると、活き活きとした顔で私を奥の部屋へと連れて行った。
心細そうな顔をする私に、オスカーは僅かに口角を上げて見送る。そんなオスカーと私を見て、ブリジットさんはふふふ、と怪しげな笑みを浮かべていた。
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