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「お待たせいたしました! いかがでございましょう?」
奥の部屋に連れていかれてから、私は着せ替え人形状態だった。
ブリジットさんをはじめ、スタッフの人が三人ほどついて、あれやこれやと試着しては脱ぎ、脱いでは着て……と何度繰り返したことだろう。
その間、ブリジットさんやスタッフさんたちは「あ~~~、これもいいですわね!」「いえ、私はこちらだと思うのです!」「アオ様の可憐さを最大限生かすためには……」なんて激論を交わしているものだから、私はただオロオロとするばかりで。
あの、可憐って誰のことですか? え? 私? それって、お世辞ですよね?
ワンピースが決まっても、それで終わりじゃなかった。
身の回りのもの一式と言っていたけれど、ワンピースの次はそれに合うアクセサリー、そして靴。何故かメイクも施され、同時に髪も結われた。
一式だから、アクセサリーと靴はわかるのだけど、何故にヘアメイクまで?
訳がわからないまま、私はあれよあれよという間に大変身をさせられていた。
え……これ、誰?
鏡の前にいたのは、戸惑いの表情を浮かべた品のある令嬢。
いや、自分で令嬢というのもどうかと思うけれど。でも、それくらい綺麗に整えられていたのだ。
淡いブルーのワンピースは、ふんわりと肌ざわりのいい上質な生地で、動く度に軽やかに揺れる。
手先を使うということで、袖の部分の装飾はすっきりとしており、その代わり、胸の辺りにはレースやフリルが使われていて、華やかさを演出していた。
イヤリングは、ワンピースに合わせてアクアマリンをあしらったもの、そして首元には、サファイアのネックレス。
私の名前に合わせたのか、全体を濃淡のある青でまとめられていた。
髪は、ゆるやかにウエーブがかかっており、シルバーの美しい曲線を描く髪留めでハーフアップに。メイクは薄めではあるけれど、品と透明感があった。
「オスカー様?」
私を凝視したまま無言のオスカーに、ブリジットさんが声をかける。すると、ハッとしたようにオスカーが目を瞬かせた。
「いかがでございましょう?」
「いや……さすが、王都一の腕前だ。素晴らしいよ」
「ありがとうございます。アオ様の肌はキメが細かく、お色も白いので、ついはりきってしまいましたわ。瞳のお色がオニキスのようで、ワンピースのお色も濃いものにしようかと思ったのですが、アオ様とお話させていただき、雰囲気に合うのは優しいお色味の方かと思いまして、こちらのブルーをお選びいたしました。どちらも映えるので、皆ともめてしまいましたわ」
そう言って、おほほほほ、と笑うブリジットさんは、とても満足そうだ。
何の特徴もない平々凡々の女をここまでにしたのだから、それは満足だろう。やりきった感がすごい。
「アオ、どうだ?」
オスカーに尋ねられ、私は何度もコクコクと頷く。
これで気に入らないとか、ありえない。
「この一式をいただこう」
「ありがとうございます。使用させていただいたお化粧品はいかがいたしましょう?」
「そちらもいただく」
「ありがとうございます」
「ちょ、オスカー!」
まさか化粧品まで買うことになるとは思わなかったので、私は慌てる。
あ、この髪留めもか。これも高そうなんだけど。
でも、オスカーはすぐに支払いの対応をしてしまう。お金を払っている様子はないので、おそらくお邸に請求書を送ってもらうのだろう。
その対応にあたっているスタッフさんは、心なしか嬉しそう。頬が赤く染まっている。
まぁ……気持ちはわかる。
その時、ブリジットさんが再び私の側にやってきて、耳元で囁いた。
「アオ様は異世界からいらっしゃったので、ご存じではないかもしれませんが、特定の方の瞳や髪の色のものを身に付ける、もしくは、そういったものを贈るということは、その相手が自分にとって特別である、ということなのですよ」
「えっ!?」
「ネックレスのサファイアですが、この深みのあるブルーは、一級品である証拠であり、またオスカー様の瞳の色でもあります。それをアオ様に贈られるということは……つまりは、そういうことですわ」
言葉を無くす私を見て、ブリジットさんは小さく肩を竦める。
「アオ様と一緒にいらっしゃる時のオスカー様は、ルイーゼ様の時とは違いますし、他のご令嬢とはもう比べものになりませんわ。ただ、それをオスカー様ご自身が、自覚なさっているかどうかはわかりませんが。ですが、このネックレスをオスカー様もご覧になったはず。それでも贈るとお決めになられたのですから……ふふふ」
そう言って笑うブリジットさんの顔は、まるで悪戯っ子のようだった。
その揶揄うような笑顔は可愛らしくもあったのだけど、私はというと、赤くなった顔をなんとかしようと、四苦八苦していたのだった。
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