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「申し訳ないが、先を急いでいるのでこちらで失礼する」
「オスカー様! そのっ……お隣にいらっしゃる方は、異世界からいらっしゃった……?」
ずっとその存在を無視していただろうに、オスカーがさっさと立ち去ろうとするや、私のことを引っ張り出すなんて。
ダシに使われてみたいで、ちょっとモヤってしまう。
でも、私は平民で、彼女は貴族のお嬢様。ここはおとなしく挨拶をしておこう。
そう思い、私は彼女に対して深く頭を下げた。
「はじめまして。ジュール公爵家でお世話になっております、アオと申します」
「そう。あなたがアオさんなのですね。私は……」
「大変申し訳ございません。早急に行かねばならないところがありますので、これで」
「え、ちょっと……!」
向こうが名乗ろうとするのを遮るかのように、オスカーは私の手を引いて走り出してしまった。
え? こんなのあり? 許されるの? オスカー、礼儀知らずとか言われちゃったりしない??
チラリと振り返ると、あの美しいお嬢様が表情を歪め、こちらを見ていた。その顔は、さっきとはえらく違う。
ヒッ! こ、怖いっ!
彼女の姿が見えなくなると、オスカーは徐々にスピードを落としていった。
オスカーは私に合わせて走ってくれたんだろうけど、もう少しでへばるところだった……。ぜーぜー。
「大丈夫か? アオ」
「急に……走り……出す……か……ら……」
「悪い。彼女は粘着質で、いつも対応に苦慮しているんだ。できるなら、アオは関わらない方がいいと思って逃げた」
粘着質……。ということは、何度も王都で会ったというのは、もしかして彼女の自演? え? ストーカー!?
王都で会うのは、向こうがわざとそうしているのかと尋ねると、オスカーは苦々しい顔で肯定した。
ヤバ! 怖すぎるっ!
こっちの世界でも、やっぱりそういう人はいるんだ!
「最初はアオを無視していたくせに、俺が話を切り上げようとした途端、アオを引き合いに出してきた。おおかた、アオを利用しようとしたんだろう」
「うわぁ……」
「彼女は侯爵家の令嬢だ。無碍にするわけにもいかないので多少の相手はするが、アオは関わらない方がいい」
さっきのオスカー、あれは無碍ではないんだろうか。
でも、一応は倒れる彼女を支えてあげたわけだし、少しの会話はしたし、とりあえずは紳士の対応だった……のかな? よくわからないけど。
それにしても、美形すぎるのも大変だ。
おそらくだけれど、彼女ほどではなくても、オスカーに恋焦がれて行動がエスカレートするお嬢様はきっと多い。
「ここだ、アオ」
「え?」
オスカーはいきなり立ち止まり、目の前にある建物を指差す。
そこには、私の世界でいう雑貨屋さんのような、可愛らしい建物が鎮座していた。
「ここって?」
「ここが、王家が用意した、アオのための家だ」
家? 家というより、店のような気がするけど?
「一階は店として使えるようにしてあるらしい。アオがクラフト職人の才があると知って、店を構えることができるように、ということだ」
「なるほど! ……中は見れるのかな?」
「あぁ。行こう」
オスカーの後に続き、私はその建物に近づいていく。
ここが……私の店、そして家になるのかぁ。
私は、わくわくしながらその建物の中に入っていった。
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