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ルイーゼの口角が僅かに上がる。その美しい微笑みに、アレックスは肩を竦めて笑った。
「ルイーゼ嬢、悪い顔になっているぞ」
「ふふ、そうですか? 私ったらはしたないですわね」
「だが、その顔で、あなたの言いたいことは大体わかったぞ」
「あら! さすが愛妻家のアレックス様ですわね!」
ルイーゼの言うように、アレックスには心から愛する妻がいる。それに、アレックスは逞しい見た目にそぐわず、色恋の機微にも敏感なのだ。
「オスカーは、もうすでにアオを庇護対象として見ていない。彼女を外へ出したくなかったのは、彼女の世界が広がることで自分の手を離れてしまうことが嫌だったから、といったところか」
「そうです! まさにそうなのですわ!」
「だが、オスカー自身はそれを自覚していない」
「はい」
「だから、ルイーゼ嬢はもどかしいというわけなのだな」
「わかっていただけて嬉しいですわ」
ルイーゼは、ここでようやくハーブティーに口をつけたが、ほんの僅か眉を下げる。それを見たマリンが、すかさずお茶を淹れ直した。話に夢中になっていたため、冷めてしまっていたようだ。
「お兄様は、ご自分の気持ちを「責任感」だと思っているのです。それ以外の可能性に目を向けようとしない……。それがもどかしくてなりませんの」
「それは、困った兄だな」
「はい」
「で、アオの一人立ちにはどうやってオスカーを納得させた?」
結局アオは一人立ちし、王都に住んでいる。オスカーを無視したはずはないから、どうにかして納得させたはずだ。
ルイーゼは淹れ直してもらったハーブティーを堪能しながら、再び話し始める。
「アオお姉様の専属侍女だったサラも連れていくというのが、お兄様の落としどころでした」
「生活面では侍女に面倒を見させろと?」
「それもあるかもしれませんが、一番はそれではないのです」
「では、なんだ?」
ルイーゼはクスリと笑い、ね? と同意を求めるような顔で言う。
「サラは武術の心得があるのです。いざという時、アオお姉様を守ることができるのですわ」
「それは……」
「アオお姉様の店は、アクセサリーを扱います。高価な宝石があれば、賊に襲われることもないとは言えませんわ。そんな時、アオお姉様の身を守れるよう、これだけは譲れないと言い張ったのです。そして、私は知っていますわ。アオお姉様の家の近くに空き物件がないか、お兄様がこっそりと調べていたことを」
「ぶふぉっ!」
アレックスは、思わずふきだしてしまった。
いくら異世界からの召喚者とはいえ、過保護がすぎる。
アオだって元の世界では一人暮らしだったと報告を受けている。アオの元の世界の治安がいかほどのものかわからないが、犯罪が全く起こらないなんてことはないだろう。
幼い子どもではない、アオは成人した女性だ。その彼女を心配し、護衛としても使える侍女をつけた。更には、自分も彼女のすぐ近くに身を置こうとした。
これはもう責任感などではない。過保護というのは当てはまるが、ただの過保護ではない。
「彼女に悪い虫がつくことも心配なんじゃないか?」
「心配ランキングで、かなり上位にあることは間違いないでしょうね」
「あはははは!」
アレックスはついに爆笑し始めた。しまいには腹を抱える。
ルイーゼがもどかしいと言うのも頷ける。
オスカーは、尋常ではない心配をしている自分に本当に気付いていないのだろうか?
ここまでしておいて、責任感で片付けようとしているなんて、あまりに鈍すぎる。そして、心配しすぎて一時はぎくしゃくしていたなど──面白すぎるだろう!
「このお話はネタにしていただいても構いませんわ。嫌というほどお兄様に思い知らせてくださいまし。……私がいくら言っても、お兄様はさらりと流してしまわれるのです」
そう言って俯くルイーゼは、拗ねているようで可愛らしい。
ルイーゼは兄をとても慕っている。そして、異世界からやってきた彼女のことも。
アオがこの世界にやってきたことで、オスカーの心に変化が起きた。それはルイーゼだけでなく、アレックスにとっても喜ばしいことだった。
「わかった。ルイーゼ嬢の兄を思う気持ちに免じて、ぜひ協力させていただこう」
満面の笑みを浮かべるルイーゼに大きく頷き、アレックスは席を立つ。
「では、そろそろ騎士団に戻らせていただく」
「はい。本日はありがとうございました、アレックス様」
アレックスは、こうしてジュール家を後にした。
一見すると頼もしそうなその笑みには、悪戯心もおおいに含まれている。揶揄い甲斐のあるネタの提供に、彼の心はこの上なく弾んでいた。
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