02.ジュール公爵家

1/3
前へ
/124ページ
次へ

02.ジュール公爵家

 オスカー様の実家であるジュール公爵家で過ごすようになって、はや一週間が過ぎようとしている。  今では、これが夢なんかじゃないことは、さすがに理解している。  目覚めた当初、私は密かに期待していた。目が覚めたら、自分の部屋のベッドにいる。そしていつもどおりの日常が始まる。  でも、そんな期待は見事に裏切られた。  私が眠っていたのは、天蓋付きの立派なベッド。布団もふかふかで、寝心地がいいなんてレベルじゃない。ここは天国かと思ってしまった。  それに、私が眠っていた場所は、私の部屋なんて比べるのが申し訳なくなるほどに大きな部屋。置かれている家具だってとても立派で、物の価値などよくわからない私が見たって高価なものだと一目でわかる代物。  ドレッサーなんてものもあるし、衣装部屋なんてものもある。その部屋だって半端ない。この部屋が、元の私の部屋ほどの大きさはあった。  それらに目を白黒させていると、ノックの音がして、オスカー様と女の人が中に入ってきた。しかも、三人もいる。  オスカー様は、その三人を私に紹介した。彼女たちは、私専属の侍女ということだった。  侍女? お手伝いさんみたいなもの?  でもちょっと待って。たった一人の人間を世話するのに、三人も必要?  聞いてみると、衣服などを用意して着替えさせてくれる人、髪やメイクをしてくれる人、お茶などの用意をしてくれる人、と担当が分かれているらしい。  いやいやいや、どう考えても三人はいらない。というか、そもそもいらない。  私はこれまで全部一人でやってきたのだし、それが当然のことだった。なのに、いきなり三人にお世話されるというのは、逆に気を遣ってしまうし、どうしていいのかわからない。  慣れるまでここに置いてもらえるだけで十分ありがたいし、申し訳ないほどなのだ。この世界に必要な常識を教えてくれさえすれば、あとは放置でもいいと思っている。  私がオブラートに包みながらそれを説明すると、オスカー様はしばらく考え込み、それなら一人にしようと言った。  担当は分かれているけれど、侍女たちはどの仕事もできるのだそうだ。考えてみれば、誰かが体調を崩したりしてお休みした時、その仕事はできないとなると困る。  いや、それでもいらないけどね?  と思えど、郷に入っては郷に従え、私は早くこの世界に慣れなくてはいけない。……まだ全然納得はできていないけれど。  それに、私はここでお世話になる身、そして後ろに控えている彼女たちにも申し訳ない。  私は仕方なく、その中の一人を侍女としてつけてもらうことにした。 「サラ、それでは頼んだぞ」 「かしこまりました、オスカー様」  サラと呼ばれた彼女は恭しく頭を下げ、部屋から出て行くオスカー様を見送った。その後、私の方を見て優しく微笑む。 「これからよろしくお願いいたします、アオ様」 「よ、よろしくお願いします。……サラさん」 「サラ、とお呼びください」 「じゃあ、私のこともアオと……」 「それはできません」 「え? どうしてですか?」 「アオ様は、オスカー様の大切なお客様だからです」  お客様? いや、私の場合、招かれざる客なんですけど……。  彼は話の流れ上、やむを得ず私の面倒を見る羽目になったに過ぎない。  本来はそんなことをする必要はなかった。それでもそうしてくれたのは、私に対する同情と、彼自身の優しさなのだと思う。  そう言って説明しても、サラは頷いてくれなかった。それどころか、途中で話を切り上げ、私の世話を焼き始めたのだ。  お風呂に入れてくれて、着替えをさせてくれて(めちゃくちゃ嫌がったのに、力づくで手伝われた)、軽食まで用意してくれた。  聞くと、私は丸一日眠ったままだったらしく、いきなり通常の食事は胃に負担がかかるだろうと、消化のいいスープなどを持ってきてくれたのだ。  あと、ジュール家への挨拶も、私の状態が落ち着いてからでいいと言われているらしい。私の事情は全てご存じとのことだった。 「皆さんは今、この家にいらっしゃるんですか?」 「私に対して敬語は必要ございません」 「でも……」 「私が叱られてしまいますわ」  彼女の立場を考えると、納得するしかない。  私が敬語を取って尋ねると、サラは満足そうな顔で答えてくれた。 「はい。旦那様や奥様、それにルイーゼ様も、アオ様とお話するのを楽しみにしていらっしゃいます」 「ルイーゼ様?」 「ルイーゼ様は、オスカー様の妹君であらせられます」  オスカー様の妹君。  私はオスカー様の容姿を思い出し、彼の妹なら、さぞや美しいのだろうなと想像した。  近寄り難さを感じさせるほどに整った顔立ちは、今も私の目にしっかりと焼き付いている。特に印象的だったのが、あのディープブルーの瞳。  意思の強さと清廉さ、そして海の底に引きずり込まれるような人を魅了する力が、あの瞳にはあった。  妹君も、同じディープブルーの瞳を持っているのだろうか。 「サラ、皆さんのご都合がよければ、すぐに会いたいのだけれど……」 「アオ様? ご無理をされなくてもよいのです。こちらに来て、随分混乱されていると伺っております」 「確かに混乱はしているけれど、これからお世話になるのだから、きちんと挨拶をしておきたいの」  ジュール家に私を保護する義務はない。それでも私を受け入れてくれたのだ。きちんと挨拶をして、感謝の気持ちを伝えたい。  サラは微笑み、すぐにオスカー様のところへ向かってくれた。
/124ページ

最初のコメントを投稿しよう!

637人が本棚に入れています
本棚に追加