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「フィルが異世界からアオを召喚し、確かに闇雨はあがった。アオが聖女で間違いないはずなのに、判定石が反応しなかったのはおかしい。フィルももう少し腰を据えて調査すればいいものを、あいつは……」
「でも、あの……バイロンさん? でしたっけ? 彼に反論してたし。それに、私みたいな何のとりえもない人間が聖女って……」
ありえない。そんな御大層なものでなんかあるわけがない。元の世界でだって、突出した能力なんて持っていなかった。
毎日満員電車に揺られて出勤して、会社でそこそこ仕事をこなして、そして家に帰る。その繰り返し。地味ともいえるそんな生活を、淡々と送っていた普通の人間なのだ。まぁ、趣味くらいはあったけれど。
「この件に関しては不可解だが、とりあえず闇雨があがったので今後も深くは追究されないだろう。……アオからすると、迷惑な話だな。本当に申し訳なかった」
「え? いや、あの、その……」
勝手にこっちの世界に連れてきておいて、帰せないと言う。それを、誰も私に謝ってくれない。
そんな風に思っていたけれど、このタイミングでオスカー様に頭を下げられたことには驚いてしまった。
でも、真摯に謝ってくれるオスカー様を見て、私の心の中に小さな炎が灯ったような気がした。
オスカー様って、美形だけど、威厳があって怖い感じ。でもって、近寄り難いって思ったけれど、偉そうぶるわけでもないし、こんな私にも頭を下げてくれる。もしかして、すごく優しい、いい人……?
いい人には違いない。なにせ、フィルさんに放り出された私を、ジュール家に連れてきてくれたのだから。
家やお金をもらっても、何も知らない私がこの国で一人で生活していくのは大変だと気遣ってくれた。
「オスカー様のせいじゃないので……」
「フィルやバイロンは「さん」で、俺は「様」なのか?」
突然そんなことを言われ、私は目が点になる。
え? だって、オスカー様は貴族で一番高い爵位である、公爵様なんでしょう? 周りの人も皆「オスカー様」って呼んでるし。だから真似をしただけなんだけど……。もしかして、フィルさんたちの方なのかな?
「あの、フィルさんやバイロンさんも「様」をつけた方が?」
「まぁ、外ではつけた方がいいだろう。魔法師もそれなりに高い地位にあるしな」
うわ、そうだったのか。教えてもらってよかった。
「わかりました。これからはそうします」
「だが、プライベートな場所では別に構わないだろう。バイロンはともかく、フィルはな」
「フィルさ……フィル様の方が、立場は上ですよね?」
「また敬語に戻ってるぞ。……あぁ。でも、フィルは上下関係など気にしない。あいつは天才だが、変人だ」
変人……。ちょっとわかる。
「じゃあ、フィルさんで。オスカー様は、」
「オスカーでいい」
「ええっ!? それはちょっと難しいかと……」
「アオが聖女なら、立場は俺よりも上だ」
「でも間違いだし」
「だとしても、アオは闇雨をやませた。国を救った英雄だ。その英雄に様づけで呼ばれるなど畏れ多い」
えー……。
無理やり感が半端ない。その上、オスカー様の顔も、畏れ多いなんて感じじゃない。でも、引きそうにもない。
私こそ畏れ多いけれど、ここは恩人の顔を立てるべきだろう。あくまでこれは、ジュール家の中だけの話だ。
「オスカー……」
「それでいい」
オスカーは、満足そうに頷いた。硬い表情が和らぎ、唇が美しい弧を描く。
私の心臓が、大きく脈を打った。
「どうした? アオ」
「い、いえっ……」
「あとは……そうだな、フィルの話も出たことだし、魔法師の話をしておこう」
「はい」
魔法師とは、精霊の祝福を受け、その力を使える人たちのことをいう。
精霊たちは、光、闇、火、水、土、風の属性に分かれ、その力も個々に違っている。
魔法師にはランクがあり、下から魔法師、上位魔法師、最上位魔法師の三段階。存在する魔法師は、大多数は冠のつかない「魔法師」。一~二つの属性を使いこなすのだという。
そして、「上位魔法師」はそれよりも多い三つ以上。最高ランクの「最上位魔法師」に至っては、全ての属性を使いこなせるそうだ。そして、その力も強い。
ちなみに、バイロン様は上位魔法師で、火、風、土、闇の四つの属性を操る。特に火に特化しており、かなりの力を持っている。近隣諸国との小競り合いが勃発した際には、彼が先陣を切って平定に向かうことも多いのだそうだ。
「フィルさんは?」
「あいつは、気が向いた時にしか出てこない」
「……」
フィルさんは、かなりの自由人とみた。彼を思いのままに動かすことは不可能。例え王様であっても。
初めて彼を見た時は、まるでおとぎ話に出てくる王子様か王女様のように見えた。神々しいまでの美しさに、つい見惚れてしまったほどだ。
なのに、面倒事が起こった途端に「やーめた」とばかりに全てを放り出し、さっさと消えてしまった。かなりひどい。
でも、どうしてだか怒り狂ったり、恨んだりという感情は起こらない。
……よくわからない人。変人、もとい、天才である彼を理解するのは、凡人の私には無理。考えるだけ無駄なのだろう。
「アオ」
オスカーの声に、私は彼を見る。
相変わらずの硬い表情だけれど、どこか優しげに見えるのは、こんな風にたくさん話をすることができたからだろうか。
最初の時のような怖い感じはもうしない。近寄り難さはまだ少しあるけれど、それでも怖いわけじゃない。
「この国に慣れるまでとは言わず、君がいたいと思うだけ、ずっとここにいればいい。ジュール家は君を歓迎している。そして、何か不安なことがあれば溜め込まずに話せ。……いいな?」
今ちょっと、フィルさんに感謝してしまった。
彼が放り出してくれたおかげで、私はここにいるのだから。
突然異世界に連れてこられて、帰ることもできなくて。不安と恐怖で押し潰されてもおかしくない状況だったのに、私は今、とてもホッとした気持ちになっている。
「ありがとう……オスカー」
私の笑顔に、オスカーの口元が微かに緩んだ。
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