父の残した壊れかけのラジオ(1)

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父の残した壊れかけのラジオ(1)

1 ♪ 何も聴こえない 何も聴かせてくれない   と、歌い出す徳永英明の、「壊れかけのRadio」 と言う歌があったが、何も聴こえないのなら、壊れているはずである。 今、私の手元に古いラジオが有る。 此のラジオも、電源は入るのだが、何も聞こえてはこない。 「壊れている。捨ててしまおうか!」と何度も想ったが、捨てられずにいた。 此のラジオは、父親の形見である。 父が独身の時、「高価なラジオであったが、思い切って購入した」と、父は言っていた。 父にとっては、想い出深い記念のラジオ。 父が、此のラジオを傍らに置き頻繁に聴いていたのを、 私は覚えている。 此のラジオ、いつから聴こえなくなったのだろうか? 父が亡くなって、13年。 父との想い出は、数多くある。 私は大学を卒業後、家業である自動車の修理の仕事に就いた。 父は、息子の私が後継者となる事を喜び、多額の借金をして 新たな工場を建設した。 その為、私は小遣い程度の給料で働いたが、私は不満を言う事も無かった。 何故なら、父親と同じ会社で働く以上は、一心同体であり、 借金の返済に私の給料が使われても、私は苦にならなかった。 時が経ち、私が父親から社長を譲り受けた時、父は多額の報酬を要求してきた。 会社には多額の借金があり、売り上げが少ないにも関わらず、 父は自分の事だけを優先し、要求してきたのである。 此の事で、私と父との確執が生まれ、話する事も無くなった。 父の手帳に 「会社の社長は株主に隷属する」と 書いてあるのを見て、情けなくもあり、腹立ちもあり、 虚しさにも覆われた。 父は、私との関係を親子言うよりも、 主従として考えていた、と私は強く感じた。 それ以降、私と父の住居が隣であるにも関わらず、 父との距離は遥か遠く離れたものとなった。 確執が起こる以前は、毎日の様に父の自宅を訪れていたのだが、 私は、その足を止めた。 その後、父は病に倒れ、もう寿命が無いと感じたのか 私は父の病床に呼ばれた。 弱々しい身体であったが、父はしっかりした言葉で私に言った。 「全てをお前に任す」と、そして私は、父としっかりと握手をした。 それは父親から息子にバトンを渡す、儀式だったのかも知れない。 私の心中は複雑であった。 会社の経営は、私がやってきている。 父が云う「全てを任す」とは如何なることか? だが、任された以上は全ての責任を持たねばならない。 この様な想いで、父と握手をした。 その後、父の容態は回復を見せ、二年の寿命を延ばした。 父はその二年間は、穏やかであった。 元気な時は、傲慢で私の意見など聞く人では無かったが、 全てを私に任せて安心したのか、又は欲望が無くなったのか、 本当に穏やかに過ごしていた。 父の傍に、このラジオが置いてあった。 父は入院の期間中このラジオを聴いていたのであろう。 私は、このラジオを見る度に父を思い出す。 でも此のラジオも何も語りかけてはくれない。 電源を入れると、僅か光が見えるだけだ。 父が亡くなった今、父と会話する事は出来ないが、 聞きたい事が一つだけある。 それは、私が家業を継ぐ時に父から言われた言葉である。 父は、若い息子の私にこの様なことを言った。 「大会社に勤めても所詮はサラリーマン。 家一軒建てるのが関の山だ。それに比べると、商売したならば、 自分も努力でどれだけでも稼げる。 お前も商売した方が良い」 と、この言葉は私の記憶に鮮明に残っている。 だが、父は私を社長に据えた時、私の事など関係無く自分の事を中心に考えた。 それが、私には理解出来ない。 生前の父に聞きたいと想ってはいたが、実現はしなかった。 恐山のイタコの所にでも行って聴きたいぐらいだが、 イタコを信じて良いのかどうかも分からない。 結局解らず仕舞いになった。 夏のある日の夜中、暑さで目が覚めた。 タイマーがセットされていたみたいでクーラーが途中で止まってしまった。 時刻は午前3時。 俗に云う 丑三つ時である。 喉が渇いたので、台所に行き水を飲もうとすると、こんな所に 父のラジオが置いてあった。いつもとは違う場所である。 何故こんな所にあるのか?不思議に思ったが、気も止めずに、喉を潤した後、父のラジオを寝室に持って帰った。 一旦目が覚めると容易には寝られない。 聴こえるはずの無いラジオではあるが、期待もせずに スイッチを入れてみた。 これは、何も入って居ない冷蔵庫と知りつつも、扉を開ける心境と似てる。 ラジオはいつもの様に、僅かな光を灯した。 だが、…………………………。 小さい音であるが、何か聞こえる。 雑音にも聞こえが、耳を研ぎ澄ませ聞くと、 人の言葉にも思える。 「なんだろうか?この音は」 私は興味を持ち、耳をスピーカーに当て、ボリュームを最大限にした。 「………。」 聴こえてきた声は、懐かしい声だった。 父の声である。 まさかと想ったが、よくよく聴くと、父の声に似ている。 「そんな馬鹿な事は無い。」 と、自分の考えを自分で否定したが、 もう一人の自分が、父の声と断定している。 だが、何を言っているかは、不明である。 聞き取り辛いのだ。 父の声に聞こえるが雑音かも知れないと思い始めた時、 事件が起こった。
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