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懺悔室・〈本人〉・「凍結の帰結」
……邪魔するよ。
教会って場所にはなじみがなくってさ。あんまり勝手が分からないんだけど、この〈懺悔室〉ってのは、自分の犯した罪悪について告白する場所ってことであってるんだよな……そうか、ありがとう。
じゃあ、さっそくだけれど、私の罪と、罪を犯すに至るまでの経緯について話したい。ゆっくり聞いてくれる? オーケー、ありがとう。神父さん、良い声してるね。
さて、事の始まりは三か月前くらいにまで遡るわけだけれど――そう、ちょうど秋もその深度を増すころ。私はとある友人にストーキングされていたんだ。
そいつの名前はエミリー・ローバ。
私の友人にして隣人にして最悪のマッドサイエンティスト。
いや、マッドサイエンティストって時点で最悪の意味はすでに含んでいるのかもしれないけれど、とにかくエミリーは天才で、それでいて変人だったんだ。
彼女、どうにかかこつけて、私の体毛だとか、唾液だとか、とにかく私の遺伝子の入っているものを私から採取しようとしていたんだ。
結局、それは私のクローンをつくるため、ってことだったらしいんだけれど。
そのころは本当に気持ちが悪くて、おかげ様で部屋のなかは逐一徹底的に掃除しなくちゃあいけないし、食事の場所だって、よく考えなくちゃいけなかった。
好物のフライドチキンは森のなかの秘密基地に隠して、彼女に見つからないようにコソコソ食べないといけなかった――私の唾液の付いた骨がエミリーの手に渡ることを考えれば、ね。
けれどエミリーの奴、私の努力も虚しく、どこかから私の体毛を手に入れたらしくって……その実験を、そうだな、今日から数えてちょうど三日前に実施する計画を立てやがった。
ひどく気分が悪かった――だから私は、その日はどこか離れたところで過ごしたいって、そう思ったんだ。そこで私は、この町から一番近いビーチの清掃ボランティアに参加することにした。
ここから一番近いビーチでも、行くのに三日はかかるからね。
そこでゆっくり、サーファーの見事な腹筋でも見ながら過ごそうと思っていたんだけれど……結局、ボランティアは悪天候が原因で中止になった。
私は困った。
計画が頓挫してしまった今、私には何もできない――と、まあ絶望していたんだけれど、そこで鶴の一声というか、神の光芒というか、とにかく救いの手が差し伸べられた。
友人のメリア・クローバー。
彼女が私を、サラダパーティに誘ってくれたんだ。
彼女、私にとにかく健康的でいて欲しいらしくってね。良い友人なんだ。
けれど、結局はこの判断そのものが間違っていたとも言えるね。なんたって、この選択を呑んだせいで私は――殺されるんだから。
神父さんも知っているだろうけれど、その日はとてつもない大雪で――私はそのなかを通ってきたから、少し風邪気味だったんだ。
メリアの家についたあとも、なんだか咳きこんでしまって……だからメリアは、そんな私を見かねて、咳止めの薬を渡してくれたんだ。
けれど私はひどい卵アレルギーを持っていて、それでいて、咳止めの薬のなかにアレルゲンが含まれているだなんて、もちろん知らなかったんだ。
咳止めの薬を飲んだ私はその場で発作を起こして倒れ、そのまま死んでしまった――焦ったメリアは、死んだ私を森に運んで、めちゃくちゃに冷たい凍土の下に埋めた。
と。
ここまでが、メリアが勘違いしている内容ね。
もちろん私はここにいるわけで、当然死んでいるわけじゃあない……ちょっと神父さん、十字架をしまってよ。エクソシストでもコンスタンティンでもないんだからさ。
いい?
メリアが私に渡したのは、咳止めの薬じゃなくて、睡眠薬だったんだ。
つまり私は、その場で寝てしまったんだ。
メリアは私が生きているのか確認しなかったのか、って?
そりゃ確認したさ。心臓に耳を当てて、ね。
でもきっと、心臓の音は聴こえなかったはずだよ。
だってその日は吹雪で、当然、風の鳴る音はうるさかった。心臓の音なんて些細な音は掻き消されてしまったとしても、何もおかしいことはないよ。
それに、その日はクソ寒かったから、私は厚着していたんだ。心臓の音なんて聞こえないくらい、ね。
さて、そういうわけで生き埋めになったわけだけれど、当然、この寒さだからすぐに目が覚めたんだ。起きたら突然、吹雪のなかに投げ出されていたんだから、そりゃ驚くよね。
だから私は、とりあえず暖をとろうと思って、秘密基地に行こうとしたんだ。そこには毛布もあったし、なによりフライドチキンがあったからね。
私は毛布を羽織って、フライドチキンの入ったバケットを抱えながら歩き出した。道に出ることができれば、私はそのまま道なりに進むだけで見知った町に帰ることができる。
けれどそこで、事件は起きてしまった。
カルロスって知ってる? バイク修理の。
そいつがバイクで、思いっきり轢きやがったんだ――私の持っていたフライドチキンと、ケチャップの入ったバケットを。
辺りにフライドチキンとケチャップが巻き散らされ、私は衝撃で雪のなかに転んだ。
それで、カルロスはどうやら、フライドチキンを私の肉、ケチャップを私の血だと勘違いして、私を轢き殺したものだと思い込んだみたいなんだ。
いや、吹雪のなかで視界も悪かったから、見間違えるのも仕方ないけれど。
とにかく、助けてもらえなかった私は、毛布を羽織った状態でまた歩き出した。自分の町へ向かって、ね。
ん、詳しく知りすぎじゃないか、って?
いやいや、待ってよ。話はここからなんだから。
私はとりあえず家に戻ったんだけれど――そこで、メリアの家に、家の鍵の入ったバッグを置きっぱなしってことに気付いたんだ。
で、メリアの家にもう一度訪れたんだけれど、彼女、一向に出てこない――本当に、あのときは困ったよ。
しばらくのあいだ、色々な家を周ったけれど、どこもかしこも、吹雪のせいでしまっていて――だから私は、仕方なくここに来たんだ。
そう、教会に。
ここは年中、開いているからね――けれど、いや、だからこそ――開いているからこそ、ここは寒さをしのぐためにあまり向いていなかったんだ。
だから私は、ここ――懺悔室に、入った。
そのときは気付かなかったけれど、私は神父さんが入るほうに入ってしまったんだね。
だから――翌日、三人の告白を聴くことができた。
メリア・クローバーの懺悔を。
カルロス・テッドの後悔を。
エミリー・ローバの報告を。
実際に、一番近い位置で聴くことができた――だから、今回、いったい私の身に、メリアの身に、カルロスの身に、エミリーの身に何があったのかを知ることができた。
メリアは私を殺していないし、
カルロスは私を轢いていないし、
エミリーは私の複製に失敗したってことを、知ることができた。
こうして奇妙な一件は、犯人たちの告白によって幕を閉じたんだ。
それで、私の罪は、勝手に神父さん側の懺悔室に入ってしまったことと、それから、誰かの悩みを無断で聴いてしまったことなんだけれど。
どうだろう。
神様は私の行いを許してくれるかな?
「神はすべてを赦してくださいます。」
そう。
それはよかった。
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