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波奈魅奈村
夜遅く。
あたりは真っ暗。
一歩の長い道があり、その両側に草が生い茂っている。
道を真っ直ぐいくと、長い階段がある。
階段を一つの人影が上っている。
上には、古い神社がある。
人影は、周囲をきょろきょろと見ていた。
古い神社があることで有名な波奈魅奈村は、××県の辺境にある。
村には、スーパーもコンビニもない。
学習施設は高校や大学はなく、村人は全員、中学卒業後、村で働いている。村人は村で働かなければいけないという風習があるからだ。
一月になり、雪が降り始めて村は一面真っ白になった。
温暖な気候で知られる土地なのでこれは異常なことである。
村の高台に公民館がある。中には、緑色の畳の広い和室があり、そこで議論が行われている。朝から始まって今は昼間だ。
神社の巫女である十代後半の女、右代利奈は、畳の上の座布団で退屈そうに足を崩して座っている。彼女の前には背の低いテーブルがあり、テーブルの周囲に五人ほどの白髪頭の男達が座っていて、興奮気味に話をしている。彼らは、村の有力者達だ。
「ワシらの神社に忍び込むたぁ、とんだ罰当たりもいたもんじゃのう! さっさと探し出して、棒叩きにせんかい!」
「待て! 相手にも事情があるかもしれないだろう? ここは慎重に落ち着いて……」
「ほう、お前は神聖な場所を汚されて、落ち着けっていうんか! お前、それでも村の人間か!」
「何を言うか! 俺だって、俺だって……!」
議論というよりは、怒鳴り合いに近い。
「利奈サン……。利奈サン!」
誰かが利奈の肩を叩く。
利奈が振り向くと、利奈より一、二歳ほど年下のショートカットの少女が、畳に両膝をついてお茶の入ったペットボトルを差し出て言う。
「利奈サン、今は何の話し合いをしているんですか? すごいヒートアップしてますけど」
利奈はペットボトルの蓋を開けて一口飲んでから、ショートカットの少女、須磨寺さやかに言った。
「最近、夜中に神社へ来る不審者がいるらしいの。不審者が夜中にこそこそ何しに行っているのか、皆で話してるんだけど……」
利奈はペットボトルをさやかに返して、拳でテーブルを叩いて言う。
「……こら、静かになさい! あなたたちがしているのは、議論ではなく口論よ!」
……。
一瞬にして全員が黙った。
「会議の続きをするわよ! 誰か、その不審者を見たものは!?」
またも沈黙。
「誰もいないのね? もういいわ。今日のは会議はお開きに──」
「あ、あ、あの、僕、ちらっと見たことがあります……」
和室の隅の方に座っている三十代半ばの青年が、もじもじして声を震わせながら言った。
「言いたいことがあるなら、言ってちょうだい」
「あの、僕、千代ちゃん、千代っていうのは、僕のお嫁さんなんですけど、千代ちゃんとケンカして家を追い出されたとき、その時、夜遅くだったんですけど、胸のあたりまで白いひげをのばした人を見たんです」
利奈はため息を吐く。
「それがどう、神社の不審者と関係があるの?」
「そのひげをのばした人は、神社の方へ向かって歩いてたんです」
「それは一回きり?」
「い、いえ! 僕は何度も見てます。僕、しょっちゅう夜中に家を追い出されて……」
利奈は立ち上がる。
「あなたの話は無駄に長いからもう結構。解散!」
集会が終わり、それぞれが帰路につく頃には夕方になっていた。
空はオレンジ色。
雪が積もって白くなった畦道を、利奈とさやかの二人が並んで歩いている。
「利奈サン。あたし、胸のあたりまで白いひげをのばした人を知ってます」
利奈はさやかを見て、顔をしかめる。
「あなた、それを早く言いなさいよ」
さやかは頬を膨らませる。
「だってぇー。言う前に利奈サンがお開きにしちゃったじゃないですか」
「いいから言って」
「白いひげの人物は村の人なんですよ。実はあたしの弟の友達のおじいちゃんです。あたしの弟は中三で、友達はクラスメイトです。おじいちゃんは人前に滅多に出ません。あたしは、その弟の友達と仲がよくて、胸元まで伸びた立派な白いひげの老人とも何回かあったことがあるんです。おじいちゃんはご近所付き合いをあまりしないので皆、覚えてないんでしょうけど」
その日の夜。
真っ暗な中、神社へ続く階段を老人が上っている。
階段の上から、利奈が下りてくる。
「あんたはたしか巫女、だったな」
「そうよ。あなた、お孫さんの高校受験の合格祈願、大変ね」
老人は、階段を上る足を止めた。
「よくわかったな」
「中三の息子がいて、この時期にお祈りすることと言えばそのぐらいしかないわ」
「ワシの孫は、都会の高校を受験しているんじゃ。受かったら、都会へ行くだろう。もしそんなことが周りに知られれば、村人は中学を卒業したら村で働かなければいけないという、風習に反することになる。いずれは知られるとしても今は隠しておきたかったんじゃ」
利奈は肩をすくめる。
「あなた、いちいち周囲がどう思うか気にしているの? 周りのことを気にしているようじゃ、何にも出来ないわ」
老人が俯いてつぶやく。
「そうじゃな、あんたの言う通りじゃ」
空は青く、昼の太陽が昇っている。
利奈とさやかは、また二人で並んで畦道を歩いている。
さやかは少し興奮している。
「利奈サン! 利奈サン! あたしの弟の友達が都会の高校を受験して合格したみたいですよ! 学校中で大喜びして、『学校、いや、村の誇りだ!』って言ってるらしいんです」
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