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12 男三人は早速シャンプー台に寝かされ冷凍マグロのように調理されていく。 「このシャンプーはキトサンが入ってるから保湿は強いんですよ。髪質によっちゃ、トリートメントは要らないし。あ、褪色はもちろん抑えてくれるヤツね!」 わしゃわしゃと髪を洗われながらシャンプーの商品説明を受ける。 仰向けになったままシャンプーのボトルを握りしめ、それを眺めながら「なるほど〜、香りもキツくなくて良いですね」と藍が返す。 暫くすると佐野がフロアに戻ってきた。 手に人数分のコーヒーが乗ったトレイを持っている。 文也、藍、関の順にセット面に座ると、佐野がコーヒーを出してくれた。 「高橋くんは新色のブラウン、藍くんは…染めた事ない?よね?」 「あ、はい。」 「綺麗な黒髪だもんねぇ〜、勿体無いけど、襟足ちょっと染めちゃおうか。新色で深いネイビーブルー入ったんだ!で!クールビューティー関は…」 「だから何なんすか、そのクールなんとか…」 「可愛いなぁ〜、そんなに嫌がりなさんな!関くんは派手になってもいいや!ワンブリーチかましちゃってからオンカラーで行こうか」 佐野は三人に指示を出してテキパキと準備を進めた。 「ブラウンは出るでしょうね。一発で発色良かったら単品で簡単だし」 文也はハケを使い髪を染めていく綾瀬に鏡越しに話しかける。 「そうですねぇ。施術者側からしたら単品で狙い通りの色は一番助かりますから」 綾瀬の見た目はほぼキャバ嬢だ。ロングの茶髪をぐるぐる巻いて、化粧が濃ゆい。しかし、顔面はとても綺麗で、品があった。文也はいつも化粧が薄くならないか期待しているほどだ。 そんな綾瀬は文也と佐野の一年下入社で、佐野にとっては右腕のような存在だった。 隣の藍は襟足にブリーチを塗られ、群青のような仕上がりになるカラー剤でそこを染めてもらっている。 藍を施術する南は金髪ショートヘアで見た目通りのロック好き。隣の関を染めている鮎川と同期で、二人は中堅クラスの社員だった。 鮎川は韓国好きのとにかく絵が上手い子で、ポップ書きなどには良く借り出されている。 韓国好きなせいか、関の髪は綺麗にブリーチされ、オンカラーにシルバーが入れられた。完全に鮎川の趣味である。 カラー放置時間の間も、商材資料に目を通して勉強会は続く。 合間に口にするコーヒーはあっという間に冷めていた。 「さぁっ!流そっか!」 佐野がカラーチェックをして、オッケーを出し、三人はシャンプー台へ。 それぞれトリートメント商品までガッチリ叩き込まれブローに至った。 藍は仕上がり間近の文也をチラリと目だけで覗く。 ミルクティーブラウンのような柔らかな色あいが優しい文也にピッタリで藍は胸がドキドキするのを感じていた。 「あ、藍くんかっこいいね!似合ってるよ」 文也は案外わかりやすい藍の視線に気づいていた。だから、女性陣に気づかれる前に自分から藍に話を振ったのだ。 「そ、そうですか?こんなの初めてです」 「黒髪だけでも十分イケメンだったけど、インナーカラー入れるだけで相当オシャレになるわねぇ〜。ちょっとチャラくなっちゃったかな」 南が合わせ鏡で襟足の深いブルーを見せてくれる。 「いやいや、若いんだしこれくらい良いよ」 文也はうんうんと頷きながら微笑んだ。 そんな藍の向こう側では…。 鮎川が苦笑いしながらドライヤーを駆使して関の髪をブローしている。 関はすっかりセットチェアで眠り込んでいた。 「シャンプーの時から言ってたんですよ、関くん頭触られてると無性に眠くなっちゃうって。もう我慢限界だったんだろうなぁ…さっきまでたまに白目になりながら起きてたのに」 佐野がケラケラ笑う。 「イケメンの白目は中々拝めないよ!鮎川ちゃん良いもんみたね!アハハッ!」 ガクンと肘置きから腕がずり落ちた関はビクッと身体を起こし目覚める。 「おっはよ〜眠り姫」 ペシッと佐野からデコピンをくらう関。 「いでっ!…すみません」 「シュンとしちゃって〜!佐野さんいじめないであげてくださぁーい!」 鮎川はすっかり韓国アイドルのように仕上がった関にメロメロだった。 三人は無事インストラクター達の施術を受け終わり後は資料をまとめるだけのところまで来た。 「佐野、ありがとう。髪の色、参考になったよ。説明しやすいと思う」 「うん!いっぱい発注受けてきてねぇ〜!お疲れ様っ!」 「「ありがとうございました!」」 文也と並んでいた藍と関も会釈して5階の実習フロアを後にした。 3階に降りるエレベーターの中で、関が口火を切る。 「美容インストラクターの方たちは賑やかですね」 「アハハ、そうだね。美容好きが多いし、見た目は派手な子も沢山居るけど、みんな真面目で一生懸命だよ。商品の使用感とかは彼女たちが一番良く知ってるから、頼りにしていいしね」 文也の言葉に関は更に付け足す。 「綺麗な方が多いみたいですけど…高橋さんは良い人いらっしゃらないんですか?」 「ちょっと関っ!」 藍がテンパり気味に関を睨む。 「居ないよ〜…俺はどうもそっち関係は鈍いらしいし、彼女達みたいに華やかな人達には見合わないからね」 エレベーターが開き、会話が途切れる。 関は藍の反応を伺おうと視線をやった。 藍はそんな関に気付き、ムッとした顔のまま目を逸らす。 面白いくらい分かりやすい奴だな… 関はそう心の中で呟きほくそ笑んだ。 そんなに分かりやすくちゃ、虐めてみたくもなるってもんだ。 会議室に入り、文也の綺麗に染まった髪を摘んでみる関。 「せ、関?どうした?」 「いや、凄く綺麗な色だなぁって。よく見せてください。透明感もあっていいっすね」 「そうだろ?年々カラー剤の発色は良くなってるよ。」 文也は勉強熱心な関に嬉しくなり、テンション高めに頷いた。 「あ、高橋さん…こんなところにホクロあるんすね…」 こめかみあたりの肌を指先で撫でる関。 ついに藍は我慢出来なくなり関の手首を掴んだ。 「あんまりベタベタ触るなよ…失礼だろ」 何とも言い難い表情の藍。手首を掴んだ力は思っているよりうんと強かった。 「…あぁ…すみません。」 関は静かに腕を下ろした。 それから藍に向き直り、「何焦ってんだよ」と鼻を鳴らす。 「ふ、二人とも大丈夫?僕なら何ともないから。カラー剤の色を体感するのは大事な事だからね。さ、さっきのを資料にまとめてしまおう。ぼんやりしてたら帰れないよ」 昼食を挟みながら、美容室にサンプルとして持って行く時の売り文句を考える。 丁寧な文也の指導のもと、二人は残業をする事なく定時で資料をまとめた。 「先輩、これ今日の分のまとめです」 文也が宝井のデスクにまとめられた資料を提出する。 パラパラと紙をめくりながら、宝井は満足そうに微笑んだ。 「うん…一発目から悪くないな。去年は酷かったからなぁ〜、やっぱ教育係向いてんだよ、お前!」 席を立った宝井はポンポンと文也の肩を叩き指先に何かを挟んだポーズをとる。 「行くだろ?」 文也は勿論と言わんばかりに返事を返した。 「はい」 「新人!上がっていいぞ!お疲れっ」 宝井は文也を連れて喫煙ルームに向かった。
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