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10 一方で、タクシーに揺られている関は親指の爪を噛んで考え事に集中していた。 もし、同期の榎木が高橋さんを想っていたら…想いを寄せていたなら…自分がそこに関わるのは相当な面倒事になりかねない。 相手は15も離れた男で上司だし、同期の想い人かも知れないとあれば、面倒にならないはずがない。 関は面倒事にわざわざ首を突っ込むタイプではなかった。 だけど、今日の文也は狡いくらいに魅力的だったのだ。 「あ、そこで大丈夫です」 タクシーを止めて下車した関は、フフッと微笑んでいた。 恋になるにしろ、ならないにしろ…これは何だか楽しくなりそうだ。 ニヤニヤがどうにも止まらず、手で口を覆って頰の筋肉を揉んだ。 二次会会場 カラオケ 「コラァ〜、ちゃんと飲みなさいっ!あんた達が主賓てヤツでしょー」 完全に泥酔状態の佐野浩子はご機嫌に檄を飛ばしていた。 藍はそんな佐野に完全ホールド、もうガチガチのロックオン状態で、腕にしがみつかれている。 「ほらぁ〜っ!榎木くん…って言いにくいわね?高橋くんが藍くんて呼んでたな…よしっ!藍くん!藍くんも飲みなさいっ!」 「い、いや、俺はもう」 引き攣り笑いしながら何とかビールが注がれたグラスをテーブルに戻す。 「ったくもぉ〜!だらしないっ!!だらしないぞっ!若人よっ!」 「ハハハ、佐野さん、もうお酒はよした方が」 佐野が藍の腕に巻きつけた手とは反対に持つグラスを取り上げようと藍は必死に手を伸ばした。 「ヤダァ〜、藍くんそんな胸板寄せてこないでぇ〜」 「えっ?!あっ!すっすみませんっ!」 伸ばしていた手を素早く引っ込める。 「あれ?あれれ?顔が赤いっ!もしかして、君…私に気があるなぁ〜?」 「ちっ!違いますっ!俺ちゃんと好きな人が居ますからっ!」 「ぎゃー!!誰よ!その子っ!」 「許せ〜ん!イケメンが片想いだとっ!」 「え〜狙ってたのにぃ〜」 周りに居た女子社員は次々に落胆の悲鳴をあげた。 翌日。 「痛たた…」 額に白い手を添えながら具合が悪そうなのは美容インストラクターの佐野浩子だ。  営業課に朝から用があって来たらしいが、足元のヒールが挫きそうなほどヨタヨタとブレている。 「おい佐野…大丈夫か?」 「大丈夫じゃないっ!課長っ!どーして昨日二次会来なかったんですかっ!帰るの大変だったんですからっ!ぃ…たた」 「毎回毎回おまえのクラッシュ片付けさせられる俺の身にもなれよ〜。ぁ…そうだ!昨日は新入社員の榎木が居ただろ?」 「その榎木くんも潰れたから大変だったの!」 佐野はデスクチェアを引き寄せガチャンと椅子に座り込んだ。 「あちゃ〜、アイツも潰れたのかよ」 出社して既に自分のデスクについていた文也の肩が揺れた。 弱くはないと聞いていたが、よくよく考えてみると佐野の酒量は半端ではない。 文也の向かいの席に座る関が隣の藍の席を一瞥した。 「藍くん…まだ来てない?…よね?」 「…昨日連絡先交換したんでかけてみます。」 関は携帯を手に席を立ち廊下へ出た。 暫くしたら戻って来て、「もう下まで来てるみたいっス」と言う。 文也はホッと胸を撫で下ろすと同時にまた妙な緊張が走るのを感じていた。 「すみませんっ!遅れましたっ!」 「遅れてないよ〜…みんな藍くんを心配してたけどぉ〜誰も私の心配はしてくんないけどぉ〜っ!」 藍のデスクチェアに座り顔色の悪い佐野は恨めしそうに吐き捨てた。 宝井が席を立ち佐野の背中をさすりながらあやすように言う。 「はいはい!佐野を置いて帰った俺が悪かったよ!心配してるよ〜!大丈夫かぁ〜」 ほぼ棒読みである。 藍は自分のデスクでそんなやりとりをされて苦笑しながら立ち尽くしたままだ。 「もしかして佐野さん二日酔いですか?」 藍がデスクに突っ伏す佐野を覗き込んだ。 「まぁ〜ねぇ…ってあんたもでしょ?」 目の下にクマを作りぼやく佐野は爽やかな藍の顔を見上げた。 「あぁ…はい、まぁ…」 「何よ〜!若いと代謝も良いから大して残ってないとでも言いたげねっ!もぉ〜狡いっ!」 ドンと華奢な拳が藍の横っ腹を突いた。 「イテッ、佐野さん、勘弁してくださいよ〜」 横っ腹を撫でながら藍は佐野の手を掴んだ。 「ほらぁ、そこ俺の席なんでそろそろ立って下さい」 簡単に佐野を引き起こし自分のデスクにリュックを置く。 「もー!弱ってる女子をもうちょっと優しく扱えないの〜?だから彼女出来ないんだよ!」 佐野は肩までの黒髪をかきあげながらぼやいた。 その二日酔いで弱っているらしい佐野の背中に向かって宝井がデスクで頬杖をつきながら声をかける。 「で?二日酔いのインストラクター様が朝からうちになんの何の用だ?」 その問いに横並びの藍と関、向かいの文也が佐野を見上げた。
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