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宝井は飲みに行くか?と文也をさそったが、文也は丁重に断った。
昨日の歓迎会の失敗を忘れた頃でないと酒を飲む気にはならないだろう。
ビルを出て軽く手を上げ宝井と別れる。
とっぷり暮れた空が星一つ見せないで暗かった。
「つっかれたなぁ…」
営業周りをしている方がいつものルーティンな訳だからそれほどの疲労はない。文也はそんな事を思いながらバス停までを歩いた。
そこで向かいから歩いてくるオフィス街には似つかわしくないキラキラした人種がこちらに向かって手を振っていた。
文也は目が悪い。
眼鏡のテンプル部分を持ち、親父臭く目を細めた。
「あっ!関くんっ!」
「お疲れ様です!今帰りですか?」
「あぁ…まぁ、仕事をしていたわけじゃないんだけどね。課長と終わりがけに一服だよ」
苦笑いして見せると、今日染めて貰ったばかりのシルバーヘアが韓国アイドルもビックリするほど似合っている関は俯いた。
「どうした?」
「…仕事の事で…高橋さんともう少し話したくて…」
文也は熱心な新人の発言に疑いもなく心打たれ、関の肩に手を置いた。
「うん、僕で良ければ。不安に思う事があるなら話しな。付き合うよ」
「本当ですかっ!!」
関はガバッと顔を上げ、文也の肩に両手をかけ詰め寄った。
「うっうん!本当、本当!」
勢いのある子だなぁ、普段クールな分ビックリしちゃうよ
文也は若干押され気味に頷いた。
「俺、良い店知ってんです。そこで良いスか?」
「うん、構わないよ」
「じゃ、行きましょう!」
関は正直浮き足だっていた。
いつも恋愛対象は大体8割がた女だ。しかし、久しぶりに面白くなりそうな相手を見つけたと心が騒いでる。
同期の榎木藍は完全に高橋さんを狙っている。ゲイの匂いがするわけじゃないのに、どうした事か執拗なまでに高橋さんに固執しているのは間違いない。そんな相手に俺が先に手を出したら、温厚そうな彼はどんな風に牙を向くのだろう?
関はニヤリと悪い微笑を浮かべ、高橋を行きつけのバーへ誘い込んだ。
「会社の近くにこんな良い店があったんだ。知らなかったよ」
カウンターに並んで腰掛けた文也がニッコリ微笑んだ。
店内はさほど広くもなく、音楽も若者向けのように煩くない。年を重ねた文也でも随分と居心地が良かった。
「静か過ぎず、酒も美味くて良い店なんです」
「本当だね」
眼鏡越しに笑った目尻が下がると、本当に優しい顔に磨きがかかる文也の表情に一瞬飲まれそうになり関は焦った。
大人の魅力ってヤツかな…吸い込まれそうになる。
関はますます面白いとほくそ笑んだ。
二人はカクテルを飲みながら仕事の話をする。
それは関にとって、また新たな文也の一面を見る事になる流れで、ブレーキをかけようにもアクセルに足を置いたように彼に惹かれていった。
優しく穏やかでスマートなわりに熱い。芯が通った男らしさは営業成績を上位でキープしているのも頷ける。
「高橋さんは、もっとフワフワした人かと思ってました。」
関は正直に告白する。
「ハハ、僕は強く出るのは得意じゃないからなぁ。そう見えても仕方ない。でも、仕事は仕事だからね。業績を落とす理由が僕の性格にあっちゃいけないんだよ。それを罷り通して甘えたら、どこか違う場所で穴埋めをする人が出てくる。僕のせいで苦しい思いをしたりするわけだ。それって会社の為の努力じゃなくて、僕のダメな所の為に努力するわけだろ?良くないよね。良い大人で、それなりのキャリアで、ポジション的にも自分は迷惑をかけていいとは僕は思わないんだよ。」
「自分に厳し過ぎませんか?」
「いや、まだまだ…僕はしっかり嫌われ役も怖くて出来ない。宝井課長はその辺素晴らしい人だよ。オンとオフの使い分けをよく分かってるし、最悪部下に嫌われても彼は微塵も気にしない。その代わり、頑張れば、これでもかってくらい可愛がってくれる。飴と鞭の使い方が上手でね…大嫌いだと思うのに、僕は彼を尊敬してるよ」
関はグラスに視線を落として、氷がカランと崩れるのを見つめた。
「好きだなぁ…」
「へ?」
「好きです…高橋さんみたいな人…俺も近づきたい」
グイッとグラスを煽り文也を見つめる関。
「あ、ありがとう。若い子にそんな風に言って」
「若い子、若い子って…高橋さん十分まだ若いじゃないっすか」
「バカな事言うなって!君や藍くんとは15歳も離れてるんだよ?立派なおじさんだよ」
「そんな事ありません」
「え?」
そんな色気振りまくおじさん見た事ねぇわ
関は心の中で吐き捨て、文也のグラスを店員に突き出し「同じのもう一杯」とオーダーを通した。
「関くん、僕はもう…」
「付き合ってください…そしたら、明日からまた頑張ります」
文也は店員がカウンターを滑らせ突き出して来たカクテルに視線を向けた。
「…仕方ないなぁ…期待してるよ?」
「はいっ!!」
関は優等生の返事をしてから、ニヤリと片方の口角を引き上げた。
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