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宝井はデスクから戻った新人二人を組んだ手に顎を乗せて眺めていた。
出て行く時はピリピリしていた雰囲気は既に感じられず、関は相変わらずマイペースの無表情だし、藍に関しては好青年と看板をぶら下げて歩いているような爽やかさだ。
「ふぅん…解決…したかな?」
宝井の独り言に関が「何か言いましたか?」と尋ねた。
「いんや…なんもねぇ。文也、あ、いや…高橋まだか?おまえら見なかった?」
宝井は学生時代の名残りで文也を名前で呼んでしまう事をやめられないでいた。文也も同様に先輩呼びが抜けず二人はそのせいで恋仲なのではとあらぬ疑いをかけらた事もあった。
「あ!喫煙ルームです。朝、下のロビーで出会って…」
「ほぅ…にしては遅ぇな…」
こういった過保護な態度が更なる誤解をうむのは間違いなかった。
「俺、見て来ますっ!」
颯爽と名乗り上げた藍が部屋を飛び出して行った。
廊下を少し歩いたところで、文也を見つける。
が!しかし!
文也は女子社員にまるで首に腕を回されるような体勢で壁側に立っていた。
女子社員は文也に向けて耳打ちすると、ネクタイをキュッと引き上げて直してやり、エレベーターに乗り込んで行った。
壁に持たれていた文也がこっちを向いて藍に気づく。
「あっ!ごめんっ!もしかして遅かったから迎えに来てくれたのかな?」
文也は先程の事などなかったようにして藍に微笑んで見せる。
藍は今にも泣きそうになりながら震える声で問いかけた。
「た、高橋さんっ…さっきの女性…な、何ですかっ?」
「え?あぁ…彼女は…」
渋る様に眼鏡を押し上げる文也。
「…高橋さん…」
「あぁ…いやっ!違うよっ!多分君が思ってるようなモノじゃないよ。実は…」
「実は何ですかっ」
藍は壁に文也を押さえつけた。
「ちょっと!人が来るよ」
「さっきの彼女はもっと密着してましたよ」
「分かった!話すから手を離してくれ」
文也はギュッと目を閉じて懇願した。
藍はそんな文也を見て唇を噛み締め、掴んでいた手を離し、一歩身体を引いた。
「…首筋を虫に噛まれたみたいでね…彼女も喫煙ルームにいたんだけど、絆創膏があるから貼っておいた方が良いって。何だかキスマークに見えますよなんて言うもんだから、お言葉に甘えて絆創膏を貼ってもらったんだよ。自分じゃ見えないしね」
藍は唖然とした顔でそれを聞いていた。
文也の事は鈍感だとは思っていたが、相当な鈍さなのかも知れない。
マジか…まだ4月…虫に噛まれたって…
そんなわけないだろ…キスマークに見えますよって、それちゃんとキスマークだからっ!さっきの彼女も天然なのか?!
「き、キスマークに見えたならそうだと思ったりしないんですか?彼女も…」
文也はキョトンとした顔のまま首を傾げた。
「キスマークなわけないだろ。僕は彼女も居ないし、さっきの彼女も僕が長らく恋人が居ないのを知ってるからね。喫煙仲間だからさ。あと、そういう機会は近頃ないし…って何言ってるんだろ…あぁっ!それに昨日はずっと関くんと居たんだからキスマークなはずないだろ?虫刺されの割に痒みはないから良かったよ。さ!行こうか」
「……あ…はい」
藍は思った。
本当に近頃ご無沙汰で、社内で人気者の高橋さんが長らく彼女が居ない事を知っている女性達は、高橋さんに限って!と、キスマークである可能性はゼロにしてしまったのだろう。そして、あの絡みようを見れば、自分が高橋さんに取り入って好感度を上げながら虎視眈々と彼女の座を狙っているのは明白だった。多分、この人はそれにさえ気づいていないだろうけど。
藍は頭をガシガシ掻きながら文也の後を追いかけた。
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