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2 文也の仕事は老舗の総合美容商社勤務のサラリーマンだ。 全国に支店があり、出張も多い営業職をしている。 主な仕事は美容業務用品・美容器具の一式販売、美容の最新情報や商品の提供、イベントやヘアショーの開催で、美容関係なら手をつけない物はないに等しいかもしれない。 営業職で拘束時間も長めであるせいか男性の割合が多かった。それでも本社に居ると、綺麗な女性社員達に囲まれる事は珍しくない。 文也は物腰も柔らかく、高身長な上、清潔感があり、眼鏡属性も手伝ってか社内ではかなりのモテ男だった。 細身の洒落たスーツはスタイルの良い文也によく似合っていて、営業先にも彼の隠れファンは大勢居た。 そんな文也が未だ独り身なのには理由があった。 彼は超がつく奥手な上に、恐ろしく鈍い男なのだ。 「ただいまぁ〜」 一人暮らしのマンションの玄関を開きくたびれた声で挨拶をする。 誰かの返事があるわけではないけれど、そこは育ちの良さとでもいうべきか、文也の礼儀正しい一面の現れだった。 疲れた身体をソファーへ仰向けに投げ出す。 ダランと垂れた腕。指先でフローリングを撫で上げ、眼鏡の前まで持ってきて呟いた。 「お掃除ロボット…買いに行こうかな」 ふぅ…と息を吐きだし、今日会社の若い女の子たちが話していたのを思い出していた。 時間は自分で作らなきゃ疲れちゃう。夜、家に帰って掃除、休みの日に掃除、そんな事してられないからお掃除ロボットを買ったら最高だったという話だ。 「それって高いの?」と文也が踏み込むと、彼女達は「高橋さんはご自分で掃除されるんですか?」と聞かれたので、「誰もしてくれないからなぁ」と頭を掻いた。彼女達は一斉に色めき立ち、「私が掃除してあげたぁ〜い!」「高橋さんがおうちで掃除なんて萌える〜!」なんて騒ぎ出すもんだから、仕事を思い出した振りをして慌ててその場を離れた。文也はそれくらいに控えめで奥手なのだ。 そのせいで結局、知りたかったお掃除ロボットの値段の相場は分からないままになってしまった。 仕方なくスラックスのポケットから携帯を取り出して通販サイトを眺める。 ボンヤリ眠くなってきた意識の中で、そういえば明日から新卒者が入ってくるのを思い出していた。 文也は去年、新人教育を抱えなかったから恐らく今年は営業にあてがう人材の教育を何名か任されるだろう。 掴んでいた携帯はカタンと音を立ててフローリングに落ちた。額に腕を当て、大きなため息を吐く。 新しい一年が始まる。新人の為にも良い上司でなければならない。 「出来ればスルーしたいなぁ」 脱力した身体に独り言を投げながら、文也はそのままうたた寝してしまった。
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