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「最初は何処が何メインかなんてごちゃごちゃになっちゃうからね、まぁ、追々覚えて行くって感じで…ただ、覚えてないうちは確認怠らないようにね。誤発注すると、商品止まったり色々面倒だから」
「「はいっ!」」
メーカー説明や、資料の読み合わせ、書類作成と午前中の間にそこそこの量を詰め込んで文也は腕時計を確認した。
「よし、一回休憩とろう。5分後再開で」
二人を残して会議室を出た文也は後ろからの気配に振り返った。
「藍くん」
「喫煙ルームですよね?ご一緒してもいいですか?」
パタパタと大きな尻尾を揺らし満面の笑顔の藍を断る程の勇気は文也になかった。
「あぁ…いいよ」
「やった!」
無邪気、純粋、潔白…文也が藍にイメージするのはそんなような系統で、身体は随分大きくなってしまったが、笑った顔は出会った頃のままなもんだから、色々と都合が悪い。
喫煙ルームに入り、内ポケットから出したタバコに火をつけようとすると、すかさず「どうぞ」とライターの火が咥えたタバコの先を照らした。
ジジッとタバコに火をつける文也。
その伏せた目元を見下ろしながら藍はドキドキと胸を鳴らしていた。
関が文也の睫毛が長いと言ったのを思い出し、首筋に貼られた絆創膏を視界に入れると、やっぱり許し難い感情が腹の底で渦を巻いた。
「ありがとう…火、つけようか?」
視点の定まらないような藍に首を傾げて問いかける文也。
藍は慌てて手を突き出し「大丈夫です!」と告げた。
文也を見ていると、考え事が後を絶たない。
酒を飲ませたら関と同じような事が出来るだろうか…いやいや、それはいけない…しかし、全力で行くと言ったのだ。何をされても警戒しなかった文也が悪いとも言える…。
藍は自分の中に正義が胡座をかいて存在するのが邪魔でならなかった。
関のように悪びれる事なく自分をぶつけてやりたいもんだ。それが汚い手だと分かっていても。
「はぁ…」
藍は無意識に肩を落とし、紫煙を天井に向かってため息とともに吐き出した。
「大丈夫?疲れてくる頃だね。慣れない事ばかりだから。」
文也が苦笑い混じりに呟いた。
藍はしまった!とため息を取り消そうと繕う。
「いやっ!大丈夫です!疲れとかではっ!」
「いいよ、そんなに固くならなくて…僕で良いなら悩んだりする前に相談に乗るからね。これでも間口は広いつもりなんだ」
「高橋さん…ありがとうございます。でも本当に…疲れとかでは。俺、高橋さんと仕事出来るだけでめちゃくちゃ幸せですから。」
満面の笑みで返され、文也は一瞬ドキッと身体を引いてしまう。
「…高橋さん…俺の事はそんなに警戒するのに…狡いよ…関にはガード緩々じゃん…」
少し思い詰めたような熱のこもった瞳が文也を捉える。
「ガードって…関くんはそんなんじゃないよ」
「じゃあ、俺はそんなんだから意識してくれてるんですね?」
「揚げ足を取るなよ」
眼鏡のブリッジ部分を綺麗な指先が押し上げ、カチャッと音を鳴らす。
藍はその音にキュンと胸が竦んだ。
初めて文也に貰ったキスをした時、眼鏡が当たりその音を聞いたのを思い出すからだ。
「…すみません!無理っ…ちょっとだけっ…」
「あっ!藍くんっ!」
藍は灰皿に乱暴にタバコを捩じ込み、空いた両手で品のあるスーツ姿の文也を抱きしめた。
文也はビックリして目を見開く。逞しい肩が視界に入り、腰に回された腕がキュッと自分の身体を持ち上げた。
簡単に爪先立ちになった文也は顎を反らせパニックになる。
暫くすると、拘束していた腕が名残惜しそうにゆっくりと緩められた。
踵が地面にやんわり触れて、締められていた腰まわりが解放された事により、息が楽になる。
同時に見上げた先にある藍の潤んだ瞳に当てられそうになるから不思議だった。
文也は慌てて視線を外し、爪先を見つめる。
藍と視線が合った途端にバクバクと騒ぎ始めた心臓が痛い。
胸元をギュッと握り、「先に戻ってる…一本吸ったら戻っておいで」そう言い捨て、喫煙ルームを飛び出した。
長い廊下を歩きながら、全身が熱い。
何なんだ!あの目はっ!!一体どうしてあんな目が僕に向けられるって言うんだよっ!男同士じゃないかっ!藍くんぐらい恵まれた容姿の男がっ!何が悲しくて僕みたいなおじさん相手にしちゃうんだよっ!!どーかしてるっ!
トイレの個室に駆け込み、荒々しく鍵を掛けた。
息が上がる。文也はこの距離を競歩のスピードで逃げて来ただけでこの有様だ。ただの中年なのだ。
「はぁ〜…どうかしてるよ」
顔を覆い隠し、ズルズルと座り込んだ。
ドキドキ
ドキドキ
あんな未来ある好青年に!ときめいて良いわけないだろ!という以前に何故僕はときめいているんだっ!!!
文也は心で自分を怒鳴りつけた。
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