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文也はポケットから出したハンカチで手を拭いながら昔を思い出していた。
秋
カフェで待ち合わせて…
藍くんはノートに可愛い僕に似た絵を描いていた。
好きだと言ってくれた高校三年生の男の子。
いつも明るくて、爽やかで、本当に良い子で、眩しかった。
文也は席で話し込む宝井と関を眺めた。
宝井は高身長でスタイルも良い。営業課トップのやり手だし、顔面の偏差値も中々だ。
特別老けて見える事もないが、こうして離れて見ていると、やはり、関と宝井は圧倒的な年齢の差があるように見える。親子…とまではいかなくとも、兄弟には見えない。
だとすれば、自分だって藍と並べばそう見えるに違いないと苦笑いした。
彼が好きだと言い続けてくれる理由は何なのだろう。一度も手に入らないおもちゃに、頑なになっているようにも感じる。
もし、そうであるなら…。
文也はよからぬ事を考え、それを振り払うように頭を振った。
まさか、藍くんを諦めさせる為に一度手中に落ちてやるべきなんじゃ…などと、それは自分でも驚くような短絡的解決策で驚いた。
文也は思っていたのだ。
藍にとっての若さの時間。
その大切さと脆さを、早く理解させなくてはと。
戻った文也に気づいた宝井が立ち上がった。
「あれ?榎木は?アイツも便所行っただろ?出会わなかったか?」
「あぁ…出会いました。すれ違いで。すぐ来ます。先にお会計しましょうか」
「もう済んでる。関と先に出るわ。おまえ榎木待ってやれ」
「えっ?!」
「えっ?じゃねぇよ。戻ってすぐ出るから準備しに先戻るわ。おまえら焦んなくて良いから。じゃ」
颯爽と出て行く宝井にご馳走様ですっと頭を下げ、そのまま固まってしまう。
また藍と二人きりになってしまう。
文也は眼鏡を押し上げながら頭を上げた。
後ろを振り返ってもまだ藍は来ない。随分と時間がかかっているようだが、腹でも痛いのだろうかと心配になる。
二人きりの憂鬱よりそちらが先行する。
そこへ藍がお爺さんの手を引きながら戻ってきた。
角のカウンター席にゆっくりその老人を座らせ、しゃがみ込み目線を合わすとニッコリ微笑んで何か話している。
会話を終えた藍は立ち上がり、文也の方へ近づいて来た。
後頭部を掻きながら「すみません」と苦笑いする藍。
「あのご老人は?お知り合い?」
文也の問いかけに藍は事情を説明し始めた。
「お手洗いで気分が悪くなられたみたいで、様子を見てたんです。動けるようになったのでお席までお連れしました。アレ…課長と関は?」
藍がキョトンと目を丸くする。
「あぁ…午後からの準備で先にね。じゃ、僕たちも戻ろうか」
「はいっ!」
文也の言葉に藍はブンブン尻尾を振り喜んで返事をした。
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