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26 「藍くんは相変わらず優しいね。」 店を出て歩きながら文也は隣を歩く藍を見上げた。 「相変わらず?ですか?」 不思議そうに首を傾げる藍。 「覚えてないかい?バスに乗る時、君は良く老人に手を貸していたよ。僕はそういうのが出来る藍くんが凄くかっこいいと思ってた。大人になると、変に人目が気になったりして、自分の事で精一杯になりがちだからね」 藍は文也に言われた事がいまいち良く分からないでいた。自分にとっての普通をカッコいいと言われた事だけは理解したつもりだ。 「へへ…高橋さんにカッコイイって思って貰えたなら最高だな」 「…藍くん…」 文也は素直に喜ぶ藍を渋い顔で見つめた。 「何ですか?…難しい顔になってます」 藍は文也に苦笑いを返す。 文也には笑っていて欲しいのに、こんな考えこんだような難しい顔をされては心配になるというもんだ。 文也は小さく溜息をついた。 「藍くんは…眩しいね」 藍はビックリして立ち止まってしまう。 「まぶ…しい?」 「うん…藍くん、僕はね、若い子に奪われるって…そんな感覚をたまに覚えるんだ…ほら、例えばさ、この空の青…藍くんはどう思う?」 ビルの谷間から見上げた空を指差す文也。 「青…ですか?青いなぁ〜って…あぁ…海みたい!とか?綺麗な青空ですけど…それがどうかしましたか?」 藍は文也の話の意味が掴めないままだ。 またゆっくり歩き出す文也について歩く藍は彼の話に耳を傾けるより他なかった。 「うん、そうだよね、まず、純粋に青いなぁ〜って思えるのが若さ。後からくるのが、経験や知識…かな…僕はもう、後者ばかりが邪魔をして、純粋に青いなぁ…なんて、長いこと考えた事がないんだよ。映画も本も変わらず好きなんだけど、どんどんワクワクする事は減って、自分の推測が先立って、運が悪いとやっぱりそうだったって予想通りの結末で…それなのに安心するようになる。若い時って、予想通りの結末を読んだら何だよ!時間返せ!みたいに腹が立ってたのに、今はそうじゃない。道から外れてない事は…大人にとってだんだん重要になる。 本だったかな…30歳も過ぎれば、恋愛する立場にない…みたいな事が書かれてて、それは無邪気な子供が言ったセリフでさ、なんかアレは刺さったよね。抉られたっていうか…自分の中身は10代やそこらとあまり変わってないつもりだったのに、本物の10代からすれば僕の年っていうのはもうおじさんで、恋愛をする資格がない者に見えてるんだもん。本当に言われたわけでもないのに、二、三日落ち込んだよ。」 「そんな…高橋さんは俺の憧れだし、俺が好きな人ですっ!ちゃんと恋愛対象ですっ!そんな本の一節で…俺を拒まないで下さい。」 文也はイヤイヤと手を顔の前でヒラヒラさせる。 「藍くんと僕は15も年が違うんだよ?僕が何を言いたいか分かる?」 藍はムッとして文也から視線を外した。 「分かりません」 「藍くんのその若い時間はね、無限じゃない。れっきとした有限なんだよ。」 「高橋さん…俺の感情がそんなに怖い?」 立ち止まった藍は明らかに怒っていた。 文也が苦笑いしてそれをたしなめるようにはぐらかす。 「藍くんに良い恋愛をして欲しい。若い時の時間は一瞬だから」 藍は文也の手首を乱暴に掴んで引っ張った。 「あっ藍くんっ!?ちょっ!痛いよっ!」 グイグイ引っ張られ、狭い路地裏に引き摺り込まれた。
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