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「高橋さん…あんまり7年舐めないで下さいね」
藍は整った顔で文也を見下ろした。
ビルの壁に文也を押し付け、掴んでいた文也の手首をお互いの顔の真ん中に持ってくる藍。
少しスーツの袖を捲り、藍はゆっくりその掴んだ手首を引き寄せた。
文也は何をされるのか全く見当がつかないまま自分の手首が藍に引き寄せられるのを見ていた。というより、それは体感的には瞬間的なもので、あっという間に文也の手首の内側に藍の唇が触れていた。
「藍くんっ!?」
皮膚がキュッと引き攣れるような痛みを感じ、慌てて手を胸元に引き寄せた文也は自分の手首の内側を確認して真っ赤になった。
「その痣…見るたびに俺の本気、思い出して下さい。消えたらまた付けてあげます。…本当だったらキスしたいとこですけど、俺、無理矢理とか趣味じゃないんで…先戻ります」
長い足が文也の前を横切り去って行く。
藍の後ろ姿を見つめながら、文也は手首を胸に引き寄せ蹲ってしまう。
「…〜っっ!!何だよ、これ…」
はぁ〜っと頭を抱えて呟いた言葉に答えはなかった。
ただ、ただ、赤く内出血したキスマークが主張するばかりだ。
藍の本気に触れてしまったせいで、自分が御託を並べたてたのだけは理解出来た。
藍の気持ちは中年のおじさんを揶揄うソレではないという事だ。
文也は突きつけられた本気の刃でどうやら怪我をしたようだった。
その頃、先に会社に戻っていた宝井と関はメーカーが来る準備に追われていた。
説明を兼ねて外で、と言われたり、伺いますと話が変わったりと今日来るメーカー担当は実に優柔不断だった。
今日もつい先程までは出向く段取りだったはずなのだ。
一報が入り、結局、社内でメーカーからの新商品や説明、キャンペーンの内容が発表、というところに落ち着いたのだ。
「坂巻さん良い加減なんだよなぁ〜、ま、おまえらもこれから振り回される事間違いなしだわ」
坂巻とはメーカーの中で一番交流が深い担当者の事で、周りからは狸親父と呼ばれていた。もちろん陰でだが。
机に積まれた段ボールを片付けながら、メーカーさんが使いやすいように会議室をセッティングしていく。
「しっかし、アイツらおせぇ」
宝井は段ボールを床に下ろして立ち上がり、腰を拳でトントンしながらボヤいた。
「面白いじゃないっすか」
関は宝井がおろした段ボールの上に段ボールを積んだ。
「面白い?」
宝井が眉を上げながら首を傾げる。
「あぁ〜…いや、こっちの話っす」
「おまえクールビューティーとかあだ名ついてる割に隠せねぇよな」
ジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖を捲り上げながら、更に段ボールを担ぐ宝井。
「別に隠してないっすよ。てか、そんないっぺんに持ったら腰痛めますよ」
関はスマートに段ボールを一つずつ担ぎ下に下ろして行く。
「可愛くねぇなぁ〜、男はこんくらい持ってガァーッと片すんだよ!で!何が面白いって?」
関は段ボールを運ぶ手を止めて嫌な顔を向けた。
「何だよ!」
「いや、意外にしつこいタイプなんすね、課長。」
「はぁ?!失礼だなっ!しつこいくらいじゃねぇと営業なんか勤まんねぇぞ!あとっ!…」
「後…なんすか?」
「文也は…あ、いや、高橋は…アイツの事はな、ちょっと特別だ」
「うわぁ…あからさまに贔屓」
関は両手を天に向けて大袈裟に肩を竦めた。
「ばぁ〜か!贔屓じゃねぇ。…他の課の奴には言うなよ。」
関は頷く。
「高橋はあんな見た目だからな。…まぁ、あれだ、この業界、あっち系の人も多くて普通に絡まれるんだよ。あからさまにセクハラされたり…メーカーの担当と外回りする事もあんだけど、何回か危ない目に遭ってる。ホテル連れ込まれかけたり…」
「…あぁ…なんか分かる気がします」
「分かるなよっ!まぁ、中身はしっかり男だからな、プライドもあるし、アイツはそういう弱音は吐かないよ。ただ、吐き出さない分、溜めるタイプだ。溜めさせるわけにはいかないだろ、そんなもん。だから、裏でなるべく俺が片付けてる。」
「片っ?!えっ?!なんすか、それ」
「ちょっかい出せねぇように圧力かけるだけだわ!おまえは一体何を想像してんだ」
溜息混じりに肩を竦める宝井。
「いや、ほら…バンバンッ!みたいな?」
関は手を銃の形にして発砲してる真似事をした。
「撃つかっ!バーカ!ここは日本だ。」
「…ですね。ま、そんな高橋さんが可愛くて仕方ない宝井課長にだけはお話しときますか」
「うわぁ…嫌味っぽ!おまえも榎木もちゃんと可愛いと思ってるわ!」
「うす」
「あぁ!もうっ!無表情やめろ!で!何だよ!」
ブラブラするネクタイが鬱陶しくなった宝井はワイシャツの胸ポケットにソレを乱暴に突っ込んだ。
「榎木と高橋さん…実は知り合いだったらしくて、かれこれ7年経つみたいっすよ」
「7年?!」
宝井は目を丸くして関を凝視した。
「あぁ〜っとぉ…正確には会ってたのは三年間くらいで、後は離れてたみたいっすけど」
宝井は顎に手を添えながら「なるほど〜」と呟いた。
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