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目覚めたのは真夜中。
手元から落ちた携帯が明るく天井を照らした事で目が覚めた。
通知は大方、ダイレクトメールに違いない。文也は確認しないままにローテブルに拾い上げた携帯を無視してシャワーを浴びた。
翌朝になってそのメールに目を通していた文也は飲んでいたコーヒーを吹きそうになる。
メールは直属の上司…というか、大学の頃からの先輩で、文也にあんな夜中に連絡があってもおかしくない関係の人からだったのだ。
内容がまたフランク且つ厚かましい。
"夜中に悪りぃ、明日の新卒担当、おまえに二人任せたい。朝の出社後、会議室に控えさせてるから、あと宜しく"
「ふ、二人って…まったく、前日どころか、連絡今日の今日じゃないか…」
文也は大学からの先輩上司、宝井守(タカライマモル)の相変わらずな良い加減さに愚痴をこぼした。
「いつもより早めに出社した方が良いな」
薄いブルーのシャツに袖を通しながらクローゼットのスーツを眺める。
新入社員に威圧感を与えない為にも柔らかな色がいいだろうと手にしたグレーのスーツを羽織り、鞄を掴んだ。
昨日くたびれて下車したバス停に並ぶ。
いつもより人の数が少なくて、ちょっとばかり肩の力が抜けた。
社員証を入り口の機械にかざしビルのエレベーターに乗り込む。
営業課がある3階のフロアで降りて会議室へ向かう。
早めの出社をしたつもりだったが、事故の為、道が混んでいたせいでバスが遅れ結局いつもとあまり変わらない時間になってしまった。
コンコンと軽く手の甲でノックしてからドアを開く。
長机がコの字に並んだ会議室の端に真新しいスーツに身を包んだ二人の姿が見えた。
「すみません!待たせてしまって!」
文也は慌てて駆け寄り頭を掻いた。
「かなり待ったかな?ごめんね。僕は営業課の高橋文也です。君たち二人のっ…ぁ…えっ…と」
文也は顔を上げて二人と目を合わせて息を呑んだ。
新卒の内の一人に確かな見覚えがある。
タイムリーに昨日、疲れたバスの中で思い出していた懐かしい思い出の中の人物がそこに立っていたからだ。
「き…君たち二人の教育担当をする事になりました…よ、宜しくお願いします」
ペコリと腰を折ると、二人が同じように会釈したのが分かった。
緊張しながらゆっくり顔を上げる。
文也の身長は176センチで、平均よりはやや高い。けれど、新人の二人はそれよりも高かった。
「関 悠二です。宜しくお願いします。」
「宜しく」
文也より少し背の高い関と名乗る新人は女子社員が悲鳴をあげて喜びそうなイケメンだった。目鼻立ちがハッキリしていて、日本人離れしている。
「榎木…藍です。宜しくお願いしますっ!」
関と握手を交わした後、隣に立っていたもう一人がはにかむように微笑んだ。
文也が知っている彼は高校生の頃のままで、その成長ぶりには目を見張る物があった。身長は180を超えていそうだ。面影はあるものの、すっかり成人男性の顔をしている。精悍な…という表現が似合っていたせいだろう。
文也は同じようにはにかみ、そっと手を出した。
「まさか…こんな形で再会するなんてね。藍くん…元気だった?」
「はいっ!高橋さんも…お元気そうで」
「うん」
「…お二人は…知り合いっスか?」
関が居心地悪そうに片方の眉根を上げた。
文也は慌てて藍の手を離し、苦笑いしながら眼鏡を押し上げた。
「あぁ…昔ちょっとね。ごめん、じゃ、今日のスケジュールから説明していくよ。そのままそこに座ってくれるかな」
文也は小脇に抱えていたファイルからプリントを2枚出して、長机に置いた。
ホワイトボードに黒いペンでタイムテーブルを簡単に書き殴る。
「じゃ、配ったプリントに目を通して貰って」
ホワイトボードに向かいながら文也は正直心臓がドキドキと騒がしかった。
高校生の頃に告白してきた男が同じ会社に入社してきたんだから慌てないはずはない。
チラッと後ろを振り向くと、二人は配ったプリントに目を通しており、真剣な眼差しだ。
文也は自分が過去を思い出して心が騒いでいるのが何だか恥ずかしくなった。
そうだよな…もう4年以上前の話だ。藍くんもこんなにカッコよくてなって、きっと彼女も何人も居たに違いない。俺みたいなおじさんに今更どうこうあるはずもないんだ。
文也は胸元を撫で下ろし、ホワイトボードを使いながら、会社の流れを説明し始めた。
キュキュッと文字を書く度にマジックが擦れる音が会議室に鳴り響く。
「で、今日はこんな感じで動くよ。最後はっ」
二人に向き直ると、藍とバチリと視線がぶつかった。
藍は一切視線を逸らさずに文也をまっすぐに見つめている。
隣の関が息の詰まった文也に声をかけた。
「あの、大丈夫っスか?高橋さん、顔、赤いっスよ?」
「えっ!?」
指摘され、より一層慌ててしまう。
数年ぶりに再会し、イケメンになった藍を見て目が合っただけで赤面するなど、ただの気持ち悪いおじさんである。
「いやいやっ!ここ!ちょっと暑いね!とっとにかく、今日の夜は歓迎会が控えてる!新人の二人には楽しんで欲しいと思ってます!質問はあるかな?」
上擦った声を隠しながらなんとかまとめた。
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