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32 「新人くんはタバコ吸わなさそうやのになぁ」 三人並びながら喫煙所を目指す道中、聖が真ん中の藍に問いかけた。 藍は聖に視線もくれず「そうですか?」とだけ呟いた。 珍しく苛々している藍に文也は落ち着かない。 喫煙所につくと、スーツの内ポケットから出したタバコを咥えた文也にすかさずライターを差し出した藍。 「あ、ありがとう」 文也の伏せた目を上から見下ろす藍はこの瞬間が幸せだと感じていた。 それを横目で眺めていた聖は「火、俺にもお願いできますか?」と馴れ馴れしく咥えたタバコを揺らして見せる。 藍はムッとしながらも反対に立つ聖に火をつけた。 「おおきに、新人さん」 「榎木です。」 「おぉ〜、こりゃ失礼。榎木くん…な。忘れんわぁ〜、君、どうやら俺と趣味一緒みたいやから」 猫背気味の姿勢で下からニヤリと笑いかけてくる聖の挑発に藍はキュッと唇を結んだ。 「聖さん、今日ハサミって持ってきてますか?」 重い空気に痺れを切らせた文也は話題を変えるように二人の間に割り込んだ。 「あぁ…ハサミですか?車に幾つか積んどりますよ?入り用なら持って来ますわ」 「お願いできますか?いつもまわるお店の店長さんが、セニングを変えたいそうで」 「セニングね。了解です。しかし、ほんま久しぶりに会えたなぁ、高橋さん」 フゥーッと紫煙を吐き出しながら細めた瞳で文也を眺める聖。 「で、ですね。」 文也は眼鏡を押し上げながらぎこちなく返事した。宝井のおかげで聖とは会う回数を極力減らしていたとは言えない。言葉に詰まっていると、藍が突然文也に問いかけた。問いかけというよりは責めるような口調だ。 「高橋さん、富永さんの事、どうして下の名前で呼ぶんですか?」 「あぁ!それはもう!俺のアピールの成果やねん。俺、高橋さん大好きやから、どーっしても名前で呼んでくれって言い続けた成果!なぁ〜、高橋さんっ!そや!これを機会に高橋さんの事も名前で呼ばして貰おうかなぁ」 「ダメですよっ!」 「お?…遂に本性現しよったな」 聖は前髪をかきあげタバコを一息吸い込みゆっくりそれを吐き出した。 「本性って…」 藍が口籠ると、隣に居た文也が聖に笑いかけた。 「もう、新人いじめはよして下さいよ。お手柔らかに頼みます」 聖はニッコリ微笑み返して「いじめやないですよ〜、榎木くんは真面目そうやから揶揄いがいがありそうやなぁって。ま、度がすぎたらあきませんな。堪忍やで。」 商人丸出しの方言にイラつきながらも藍は聖に作り笑顔を返した。 「なんか、熱くなっちゃってすみません。」 「ええよ、ええよ。あ、高橋さん、そろそろ戻りましょか」 「ですね」 「ん?」 「え?!ちょっ!聖さんっ!何ですかっ!」 吸っていたタバコを消そうとした瞬間に文也は聖に手首を掴まれていた。 ちょうど藍がキスマークを付けた手首だ。 「…打ったんですか?アザになってますね」 「あっ…これはっ…あのっ…そ、そうです!僕、ちょっとお手洗い行ってから戻ります!」 明らかにテンパった文也は余計な事を口走る前に喫煙所を飛び出した。 ゴーゴーと煩い空気清浄機が藍と聖の間にある静寂をかき消す。 「アレ…君?」 聖の呟き。 「…俺だったら…なんすか?」 藍は静かに返した。 「お〜怖っ…まぁ、そうカッカしなや。選ぶんは高橋さんや。君は同じ会社やし、だいぶハンデあるけど…俺も譲る気ぃ、ないから」 「渡しません」 「え?」 「あの人は…渡しませんから」 聖は思い詰めた若者を見てフッと笑った。 「とんだライバル出現やな。さ、戻ろか」 「…はい」 藍は静かに聖と肩を並べ会議室に戻った。
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