784人が本棚に入れています
本棚に追加
4
4
喫煙ルームはガラス張りで空気清浄機が煩い音を立てて愛煙家から煙りを吸い込んでいた。
カチカチっ!
カチカチっ!
くそっ!何でこんな時にっ!
文也は新人に小休憩を取らせて、喫煙ルームに来ていた。眼鏡にすらっとしたスタイル。淡い茶色の髪に清潔感溢れるスーツ姿。文也はそれに似合わず結構なベビースモーカーなのだ。それなのにライターのオイル切れで火がつかない事に焦っていた。動揺も相まっているのは歴然だ。
そこへ例のいい加減な先輩上司、宝井がやって来た。彼も身長は180あり、学生の頃はバスケ部で女子にキャーキャー言われていた口だ。宝井はスマートに文也が咥えるタバコに火をよこす。
「ほら」
カチッと手で囲われたライターの火にタバコの先端を近づけた。
「フゥー…ありがとうございます…」
宝井もタバコに火をつけて煙を吐き出しながらハハッと笑う。
「昨日…いや、もう今日だったか、悪りぃ連絡遅れちまって」
「本当ですよ…おかげで朝バタつきました」
「ハハッ!でも文也なら何とかしてくれんじゃん」
「ったく…そういうとこですよ。みんなが先輩の事むちゃくちゃだって言うの」
フゥーッと紫煙を燻らせながらボヤく文也。
「まぁまぁ!で!今年の新人どうだ?続きそうか?」
「あぁ…」
「何だよ、歯切れ悪りぃなぁ」
「いえ、いい子達ですよ。見た目も女子社員が喜びそうだし、営業周りが楽しみです」
「そーかそーか!よしよし!文也のお墨付きなら間違いねぇな!今日の歓迎会、いつもんとこだから!」
バシバシと文也の背中を叩き、宝井は吸いかけのタバコを灰皿に捩じ込んだ。
喫煙ルームを出て行く営業課、課長宝井の背中を見送りながら、文也は眼鏡を押し上げた。
「…歓迎会…かぁ」
何となく気が重い。
自分は藍くんに何と言って別れたのかを思い出したせいだった。
「もし、藍くんがもっと大人になって、お互いに良い人が居ない状態で、どこかで出会えたら…その時に、藍くんの気持ちが変わってなかったら、また聞かせてくれない?」
そうだ…確かそんな話をして…
彼は希望をくれと最後に僕にキスをせがんだ。
僕はそれに軽率に応えた。
青光りするような深い黒髪に触れながら、軽くだが、触れるだけのキスをしてしまった。
文也は頭を抱えながら呻いた。
「はぁ…何をやってんだ…」
気持ちが変わってなければまた聞かせろ?
つまり、気持ちが変わっていたら何も言われないと言う事じゃないのか?いや待て、そもそもこんなおじさんに気持ちがどうのなんてあるはずもない!あんなにかっこよく育っているんだぞ!ああ…何だか恥ずかしくて穴があったら入るだけじゃ済まされず冬眠したい気分になってきた。
腕時計を確認すると、そろそろ休憩が終わる。
文也はネクタイを締め直し、軽く咳払いをして気合いを入れた。
最初のコメントを投稿しよう!