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2、3時間が過ぎた頃、幹事が会計を済ませて座敷の入り口で声を張った。
「え〜っ!本日の歓迎会はこれにて終了という事です!お疲れ様でしたぁ〜!あっ!2次会はカラオケでーす」
文也の隣に座っていた藍が「高橋さんも行くんですか?」と声をかけてきた。
文也は眼鏡を押し上げながら首を左右に振る。
「もう若くないからね。明日に響いちゃうといけないし、僕は失礼するよ。藍くんと関くんは行くんだろ?」
藍は行きたいわけではなかったが、新人歓迎会の延長であるならば仕方ないかなと思案中だった。そこへ、関がサラッと言葉を置いて行く?「俺は失礼します。」
それを聞いていた女子社員が悲鳴をあげる。
「関くん来ないの〜っ!」
「す、すみません」
「えぇー!本気?!」
「すみません」
次々と掛かる女子からのお声に顔色一つ変えないままやり過ごす関はその後、クールビューティー関と呼ばれる事になる。
「じゃあ、俺も帰ろうかな」
ポツリと藍が呟くと、それまで一定の距離を保っていた女子社員がブチギレた。
「はぁっ!!ダメよっ!榎木くんは絶対参加っ!」
「ぇ…でも」
「でもじゃないっ!ほらっ!行くよっ!」
「ぅっうわぁぁぁ…高橋さぁ〜んっ!」
両サイドを羽交締めにされたままズルズルと拉致られていく藍。
「いいんすか?」
関は文也を見下ろす。
「い、良いか悪いかは僕が決める事じゃないからね。藍くんは人気者だなぁ」
ハハっと目を細めて笑う文也を横目で眺めた関はポツリと呟いた。
「高橋さん…まつげ長いっすね」
「へっ?!」
突然の事で眼鏡が鼻先までずり落ちる。
「この角度から見たら…ほら…すげぇ長」
パンッ!
ザワザワと座敷から人が流れる最中に皮膚を打つ乾いた音が響いた。
関が文也の柔らかなブラウンの前髪に触れようとした手を藍がはたいていたのだ。
そのまま文也を腕の中に抱き込んでキッと関を睨む藍。
「さっ!触っちゃダメだ!」
「………はぁ?」
関は妙な間を置いて顔を顰めた。
いやっ!はぁ?は僕だ!何だこの状況はっ!
180もタッパのある若者の、しかも男の腕の中に抱きすくめられ、眼鏡がどんどんズレている。
「…おまえのじゃねぇだろ」
関が追い討ちをかけるような言葉を冷静に言い放つ。
「それでもっ…ダメだっ!」
藍は負けじと腕にしまった文也をグイッと更に引き寄せ関からの距離をとった。
酔ってる上に振り回されてて足元がおぼつかなくなる。
「榎木くぅ〜ん!高橋さんで遊んでないで行くわよ〜っ!」
女子社員はどうやら柔和な藍に物を言いやすいらしい。確かにクールビューティー関よりは遥かにとっつきやすい。
「ほら…呼んでんぞ」
「あ、藍くん?僕は大丈夫だから」
厚い胸板に手をついて身体をひっぺがす。
ヨタッとよろめいて、なんの拍子か今度は関の腕に抱き止められた。
「…あ〜ぁ…高橋さん、危ないから俺が送って行きますよ。フラフラだ。」
「関っ!」
「榎木、早く行けよ。佐野さんが呼んでる」
文也は関に腕を支えられながら彼を見上げた。関は藍に挑発するような煽り顔でこの場から追い出そうとする。
睨み合いに近い二人を交互に見て文也は焦っていた。
どうしてこの二人はこんなに喧嘩腰で会話をしているんだ。
何とかまっすぐ立ち、眼鏡を押し上げてそれなりに身なりを整えた文也は藍に向かって優しく微笑んだ。
「藍くん、行っておいで。僕は一人で帰れるよ。心配ない」
「…本当ですか?」
「うん。」
藍は渋々頷き、後ろ髪引かれるままに佐野の元へ歩いて行った。
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