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大みそかの駅構内は帰省客でごった返していた。
皆が手にキャリーバッグや土産を持って行き来する中、岸田は目を凝らして室井が改札を通るのを待っていた。しかし、人の往来が多すぎて分からない。もしかしたら出てしまったかも…… そう思いながらキョロキョロしていたら ポン! と肩を叩かれた。振り向けば黒縁メガネの顔が笑っている。
「義兄さん!」
「目の前を通り過ぎたのに全然気づかないんだもん」
「なんでだろう、必死で探してたのに」
「俺は階段から降りて来る時から分かったよ。相変わらず目を引く風貌だからね」
そう言うと、親しみのこもった瞳で見つめてきた。
彼は、岸田が同性愛者と露見しても偏見を持たずに接した一人だ。親と絶縁状態になったあとも何事もなかったように電話をよこし、こうして逢ってくれる。そんな彼は、姉との結婚当初より岸田に好感を持っていて、親戚の集まりがあると必ず横に来て話しにきた。以前、酔っぱらった時にチラシの裏に岸田の顔をデッサンし、あまりの上手さに注目を集めたこともあった。その時の彼のセリフがこうである。
「記録に残したくなるような造形なんですよ、怜君の横顔は」
「はい、土産」そういうと、室井は手にした紙袋を岸田に手渡した。
「前に『旨い』と喜んでくれた饅頭。いちごミルク味が期間限定で出たんで買ってきた」
「あ、嬉しい!」
「最後に会ったの、いつだっけ?」
「えっと…… 2年前かな。今のところに再就職した年だったから」
「大学病院を辞めて調剤薬局に移ったんだよね。どう? 仕事は」
「ベッド数二百の総合病院の門前なんだけど、毎日処方箋に追われてますね」
「一日何枚来るの?」
「百枚くらい」
「それを何人でさばくの?」
「薬剤師と医療事務合わせて八人」
「よくわかんないけど大変そう」
「大学とは違った忙しさがありますね。ちなみに僕が店長です」
「へぇ、店を任されてるんだ」
「そう見えないでしょ?」
「怜君ならソツなくやってそうだ」そう言うと、室井は腕時計を見て提案をした。
「俺、昼飯食ってないの。ちょっと付き合ってくれる?」
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