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「こ、広告のモデル!?」
「そう、広告の」
「どんなことするんです?」
「商品を身に着けて企業イメージを宣伝して欲しい」
「身に着けるって…… どこのメーカーなんですか?」
「【○○○○○】。知っているだろう?」
「知っているも何も。カジュアル衣料を全国展開している、あの?」
「そこが今度パリに旗艦店をオープンすることになって、向こうとこっちの新聞に広告を掲載することになったんだ。それも1面使って」
「はあ……」
「先日プレゼンをしたんだけど社長が気に入らなくて。『プロのモデルじゃウチの商品のコンセプトに合わない。普段着だけど身につけたらモデルの様に見栄えがする――― そんな着こなしが出来る素人がいい』なんて言うから、考えに考え、探しに探して行きついたのが君なんだ」
「うそでしょ!」
「君なら素人の初々しさや素朴さを残しつつ凛とした輝きを内から滲みだすことが出来るから服がきっと映える。そして、今の日本の青年の究極の姿を見せつける宣伝にもなる」
「なんか、褒められ過ぎて嘘っぽく聞こえるんですけど」
「落ち着くために もう一杯飲もうか」そう言うと、室井は空になった ぐい呑みに紹興酒を注いで手に持たせた。すっかり動転している岸田は訳も分からず一気にあおる。
「ちょっと挑戦してみない? とりあえず撮ってみて、後のことは俺に任せてくれればいい」
「任せてって言われても、俺やりたくない」
「採用される確率はそうだな…… 5~6分の1ってとこかな。他に数人あたっているから君が確定ってわけじゃないんだ。だから、撮るだけ撮らせて」
「ちょっと考える時間が……。えっと、いつまでに返答すればいいんです?」
「今日」
「無理っ! ぜったいムリ!!」
「じゃあ明日」
「それでも早いっ!」
「え~っ! じゃあ明後日。これが限界。君の実家から東京に戻る途中、ここへ寄るから」
「電話で返事します」
「会ってもいいじゃん」
「わざわざ来てもらうなんて申し訳ない」
「俺がいいって言ってるんだから。とにかく、思い切ってチャレンジしてみようよ。 一度きりの人生なんだし」
「一度きりだから後悔するようなことをしたくないんです」
「後悔なんてさせない」
「もしも、もしもですよ。万が一俺が採用されて新聞に載るようなことになれば周りの反応が怖すぎる。仕事に支障をきたさないか心配です」
「意外と気づかれないもんさ。一体誰が君を広告のモデルだなんて思うの?『似た人が写ってる』で終わるから」
「そんなもんでしょうか?」
「そんなもん、そんなもん」そう言うと、室井は岸田のぐい呑みに酒を注いだ。「マジ、酔いが冷めてきた」と言う岸田に「こんなことを頼まれたら動揺しちゃうよね」と同情するような言葉を投げかけ、空になった杯にせっせと酒を注ぎ足すのだった。
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