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◆◆◆◆◆
15時ちょうど―――
昼の営業時間を終えた店から出てきた岸田と室井は酔っていた。特に室井はまっすぐに歩くこともままならず、新幹線に乗るのが危ぶまれる有様。それは本人も自覚しており、体を左右に揺らしながらこんな提案をしてきた。
「酔いを覚ますために休憩したいな」
これに同意した岸田はどこへ行くか考えた。まず思いついたのはファミレスで、一番近いところへ室井を連れて行ったが、入口の張り紙を見て踏みとどまった。
【泥酔・睡眠・勉強をされる方は他のお客様のご迷惑になりますのでお断りいたします】
自分らはどう見たって酔っ払い。しかも休憩=睡眠が目的なので『こりゃダメだ』と頭をフル回転させて別の場所を探したのだが―――
「怜君ちって この近くなの?」
「俺んち? えっと……タクシーで12~3分ってとこですかね」
「そこで休ませて」
「はい!?」
「22時半の最終に間に合えばいいんで、それまで」
「行っちゃマズいことでもあんの?」と畳み掛ける様に言われて言葉を詰まらせた岸田は、どうするか悩んだ。男と同棲していることを知られたくないし、しかも居候の身で許可なく客を招き入れることに罪悪感を覚えたけれど「いいじゃん」と詰め寄られて1,2歩後退る。
原さん、ごめんなさい――― と心の中で謝った岸田は決心した。酔っ払いの身で室井の面倒を見るのに限界を感じた彼は、路肩で客待ちしているタクシーに室井を押し込んで自分も乗り込んだ。
西に傾いた陽光に目を細めながら、岸田はアパートの鉄筋階段を踏みしめながら昇った。時折後ろを振り返って室井の様子を伺うと、手すりに掴まり どうにかこうにか ついて来ている。
タクシーの中、二人はほとんど無言だった。車窓を流れるビル群を見つめる室井に「気分が悪いんですか?」と問えば「君はどうなの?」と返される。「かなり酔いました」と苦笑いすると「あれだけ飲んでも正体をなくさないんだから さすがだ」と感心された。そんな室井に岸田は首を捻っていた。
――― 義兄さんってそんなに飲んだっけ
瓶ビール3本と紹興酒を注文したけれど、後半は注ぎ役に徹していた。普段の彼ならこれくらいで潰れはしない…… というか、今から帰省する身でどうして酒なんか頼んだのか不可解だ。『再会を祝して』ならビール1本で事足りて、あとの老酒は不必要。ましてやモデルのオファーをするなら素面でやるのが筋だろう。
岸田はもたつく指で鍵を開けると室井を招き入れた。照明のスイッチを押して振り返ると、室井の体が至近距離にあって息を呑む。
「上がって下さい」そう言った矢先だった。体のバランスを崩した室井が寄りかかり、二人は床に倒れ込んでしまった。
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