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「怜、行ってくるね」
そう言うと、原はショルダーバックを肩にかけ、岸田は笑顔で見送った。
「ゆっくりしてきて下さいね」
とは言ったものの、内心は早く帰ってきてほしかった。たった3日間顔を合わせないだけなのに、どんだけ甘えてるんだと呆れるけれど寂しいものは寂しい。巷は正月気分で活気づいているのに、帰るところのない自分はこの部屋で一人過ごさなければならないのが侘しくてしょうがない。
岸田にも両親はいる。新幹線で1時間ほど南へ行ったところに実家はあるが帰省できない理由があった。同性愛者だと知れて縁を切られたのだ。
旧家の跡取りとしての期待を裏切られた彼らは落胆し、『お前は家の汚点。二度と顔も見たくない』と一人息子を勘当した。幸い三人の姉とは連絡を取り合い彼らの近況を聞くことは出来たけれど、最近父親の健康状態が芳しくないことを知って心中穏やかではなかった。
原が部屋を出た後、何もすることがない岸田はとりあえずコーヒーを入れた。いつものくせで二人分の豆をグラインダーに入れたあと『多過ぎた』と後悔したが『ま、いっか……』と思い直してスイッチを押す。
――― 原さん、申し訳なさそうに出かけて行ったな
自分の事情を知っている恋人は、昨年の年始は一緒に過ごしてくれた。雑煮を食べ、初詣に行き、二人で正月気分を味わった。しかし、今年は母親から『帰ってきてほしい』と懇願されて帰途につくことに。岸田は『親子水入らずで過ごして欲しい』と快く送り出したけれど、心細さは いかんともしがたい。
――― いい歳こいて何を甘ったれたことを思ってるんだか
そう自身に喝を入れた岸田は、恋人がいる時には出来ないことをしようと考えをシフトさせた。そして、思いついたのが酒を思い切り飲むこと! 陽の高いうちから飲み始めて年が明けるまでノンストップ。旨いつまみを用意して撮りためた録画&年末番組をザッピング――― そんなことを考えていたら沈んだ気持ちが浮上して、速攻酒を買いに走った。
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