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2.佐藤くんからのお告げ
二人残された都はすっかりふて腐れて横を向く。そんな都にかおるがのんびりと声をかけた。
「っていうかさ、佐藤くんが来たら、都、なにを聞くつもりなの?」
「なによ、急に」
「いや。ちょっと気になって。佐藤くんってなんでも一個だけ教えてくれる、っていう精霊じゃない? たった一個だよ? 私はなかなか絞れないからさ」
都の頬が赤くなる。俯いた都の顔を覗き込んでかおるは目を細めた。
「風見くんの気持ち?」
都は俯いたまま顔を背ける。かおるはやれやれと肩をすくめてから都の肩をぽんぽん、と叩いた。
「告白、されたんでしょ? そのときにすぐ返事しておけば良かったのに。三か月も放置しといていまさらまだ風見くんの気持ち知りたいとか。どんだけ図々しいのよ」
「そんな……だって、なんか信じられないんだもの。風見くんみたいな爽やか系男子が私みたいな根暗な、おまじない馬鹿を好きとか……。ありえないでしょ」
「おまじない馬鹿っていう自覚はあるんだ」
苦笑したたかおるを都が睨む。ランタンの光に照らされ凄みがある都の顔を見返しながら、かおるはため息交じりに言った。
「で、佐藤くんが風見くんの気持ち教えてくれたら、それ、信じるの?」
「……わかんない。けど、佐藤くんの言うことは百発百中なんでしょ? なら、信じる」
「ふうん」
かおるが鼻を鳴らしたとき、がらり、と教室の引き戸が開いた。
「ごめーん! 遅くなっちゃった」
にこにこしながらナギサはこちらへ近づいてくる。よいしょ、と注意深く机に置かれたものを見て、かおるが顔をしかめた。
「ナギサ、ガラスのコップって言ったじゃん。これ、ビーカーなんだけど」
「だって見つかんなかったんだもん。水入ってるし、ガラスだし、問題ないでしょ」
あっけらかんと言い、ナギサは元の席につく。まったくもう、と口の中で呟き、かおるはビーカーに右手をかざし、都とナギサにも同じようにするよう促す。
「佐藤くん、佐藤くん、こちらへおいでください。佐藤くん、佐藤くん、こちらへおいでください」
低くかおるが唱えると、都がこくり、と唾を飲み込んだ。ビーカーに変化はない。
「佐藤くん、佐藤くん。いらっしゃっていますか? もしいらっしゃっているようであれば、水面を揺らしてください」
数秒、なにも起こらなかった。
が、次の瞬間、かすかに水面が波立った。
「え、え! 来たの?! 来たの?!」
「都、座って。佐藤くん、帰っちゃう」
かおるに叱咤され、都はすごすごと椅子に腰を落とす。かおるはちらりと横目でナギサの様子も確認した後、小さく咳払いをして続けた。
「これから質問を一つさせていただきます。答えがYESなら水面を揺らしてください。NOなら沈黙してください」
水面が再び揺れる。
漏れそうになる声を押しとどめようと都がビーカーにかざしていない左手で口を押さえた。
「ほら、都。質問して」
「え、え、でも、私だけ……」
「もともと都ちゃんがやりたいって言ったんだから、気にしないで聞いちゃってよ」
「え、でも……」
「佐藤くん、帰っちゃうよ。都」
かおるとナギサにかわるがわる言われ、都は大きく息を吸い、そして吐いた。その都にかおるが頷きかける。
かおるに頷き返し、都はおずおずとビーカーへ問いかけた。
「風見くんはまだ私のことを好きでしょうか」
水面は動かない。
「やっぱり……もう……」
都が肩を落とす。ナギサがかおるの方に心配そうな視線を投げる。
次の瞬間だった。
水面が激しく揺れた。
ぐらぐら、とビーカーから零れそうな勢いで揺れた。
「都ちゃん! 風見くん、まだ都ちゃんを好きだよ! 良かったあ! 告白の返事、すぐしてきなよ!」
「え、でも」
「今は好きでも明日は違うかもしれないんだよ? 行くなら絶対、今でしょ!」
「そ、そう、だよね!」
がたん、と椅子を蹴立てて立ち上がり、都は走り出した。
「かおる、ナギサありがとう! 行ってくる!」
足音も高く教室を横切り、がらり、と引き戸を開け飛び出していく。開け放したままのドアからオレンジ色の光が教室へと斜めに差し込み、ビーカーの水もオレンジに染めた。
「佐藤くん、放置だし」
ぷっとナギサが吹き出す。ふうっと肩で息を吐いたかおるは、かざしていた手を下ろして肩を回しながら軽く机の脚を蹴った。
ビーカーの中の水がゆらゆらと揺れた。
「いまさらでしょ。佐藤くんなんていないんだから」
「まあねえ。しかし、風見くんも風見くんだよね。告白の返事ほしいから協力してほしいとか。自分でなんとかすりゃあいいのに」
「仕方ないよ。都はおまじない馬鹿だし。こうでもしないと風見くんの気持ち信じられないだろうし」
「それもそうか。にしてもさあ」
とナギサはそこでけたけたと笑いだした。
「片桐さんに協力頼んだのはいいけど、なんで片桐さん、都ちゃんにあんな嘘のおまじないの手順教えたの? 鼻の下に鉛筆挟んでとかありえないでしょ」
「あれは、私が都に聞かれたらそう言えって片桐さんに言ったの」
よいしょ、と立ち上がり、かおるは教室を横切って窓へと近づく。勢いよく暗幕を開けると茜色の光が一気に教室を覆った。
「それくらいのいたずらは許されるかな〜と思ってさ」
「え、なんで、かおるちゃん……」
ナギサが名を呼ぶと、かおるは窓辺で伸びをしながら言った。
「都の変顔も見られたし、これで私も吹っ切れる」
ナギサはしばらく押し黙ってかおるの背中を見つめてから、わざと大きな音を立てて立ちあがった。
「ケーキ、食べにいこっか。私、今吐くほど食べたい気分」
夕日が徐々に消え、うっすらと浅葱色に霞んでいく光の中でかおるはナギサの方を振り向いて笑った。
「私も吐くほど食べたい」
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