1.出でよ、佐藤くん!

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1.出でよ、佐藤くん!

「始めようか」  夕日が差し込む教室で都が厳かに言うと、立ち上がったかおるが橙に染まったガラス窓を覆うように暗幕を引いた。  とたんに薄暗くなった室内で落ち着かなくておろおろしているナギサに、都の厳しい声が飛ぶ。 「ほら、廊下側も暗幕閉めて」 「わ、わかった」  慌てて立ち上がると椅子の脚に躓いてしまい、がたん、と大きな音が教室に響き渡った。  静謐な空気を乱すな、と言わんばかりに都が睨んでくる。軽く首をすくめながら廊下側も暗幕を閉めると、教室内はお互いの顔の判別も難しいくらい真っ暗になった。 「さて」  パチン、と音がして、教室の真ん中あたりに明かりが灯された。  都が持ち込んだキャンプ用のランタンの明かりだ。  その明かりに吸い寄せられるように、かおる、ナギサも教室の中央へと向かう。黒板の方を向いてすでに腰掛けている都の向かい側にかおる、かおるの左隣にナギサがそれぞれ腰掛ける。  三人が囲む机の上には、真っ白な紙と鉛筆が一本。 「じゃあ、始めるよ」  都の低めた声に、かおるとナギサも無言で頷く。  鉛筆を手に取った都はその鉛筆をおもむろに鼻の下に挟むと、立ちあがって叫んだ。 「佐藤くん、佐藤くん、どうぞおいでくださひ。佐藤くん、佐藤くん、どうぞおいでくださひ!」  叫び終わると同時に鼻の下から鉛筆を抜き取り、紙の真ん中に立てて持つ。 「ほら、あんたたちも鉛筆に手!」  言われてかおるとナギサは顔を見合わせた。 「ね、ねえ、都ちゃん」 「ほら! 早くしないと佐藤くん、来ちゃうよ!」  鬼気迫る声で促され、しぶしぶ二人とも手を伸ばす。鉛筆はほんのうり、温かかった。  三人で鉛筆を支え持つこと数分。 「ねえ。思ったんだけど」  ナギサが恐る恐る口を開く。 「手順、間違ってないかなあ、これ」 「はあ?!」  都がまさに絵文字の「(# ゚Д゚)」ばりの顔でナギサを睨む。たじたじとなりながらもナギサは必死に言い募った。 「だ、だって、私が聞いた話だと紙と鉛筆じゃなくて、水の入ったコップを用意する、とかそんな話だった気が・・・」 「水用意してどうすんのよ? 飲むの?」 「あ、いや、みんなで手をかざすとか、なんとか」 「なにそれ?!」 「私もそっちだと思う」  それまで黙っていたかおるがぼそりと言うと、都は目に見えて真っ赤になった。 「嘘! だって私、片桐さんに聞いたのよ? 佐藤くん呼ぶなら、鉛筆と紙用意して、真っ暗な中でランタン灯して、鼻の下に鉛筆挟んで佐藤くんを呼べって……」 「鼻の下のくだりでからかわれていると気づかないかね、それ」 「だってかおるが言ったんじゃない! 佐藤くんのことだったら片桐さんが詳しいから聞いてみればって……。だから私聞いたのに!」 「ま、まあまあ……。片桐さん、ちょっとふざけちゃったんだと思うよ、うん……」  ナギサがフォローするが、ますます顔を真っ赤にして都は怒鳴った。 「じゃ、じゃあ、佐藤くんはどうやって呼ぶのが正しいのよ?! あんたたち、知ってるならやりなさいよ!」 「とりあえず、コップに水を張るのよね」 「用意してくる!」  バタバタとナギサが教室を飛び出して行った。
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