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2 だから、あたしと
貴史と響子。先日のバレンタインの続きのお話です♪
**
「ねえねえもう一回!」
顔を合わせればそればかり。
こないだバレンタインにチョコをあげて、それから『はじめての…』をしてから。
うるさいくらいの『もう一回』コール。
「貴史(たかふみ)うるさい」
「だって言わなきゃしてくれないだろ?」
「言い過ぎたらしたくてもしたくなくなるとか思わないの?」
「だあああってぇぇ」
これみよがしなため息も、しょうがないなあ、と可愛く思う。内緒だけど。
そもそもあたしのタイプは明史(あきふみ)兄ちゃんだ。かっこよくて大好きな明史兄ちゃん。
でも、可愛い男子もいいかも?って思ったら視界がぱっと開けた。
自分は明史兄ちゃんしか好きじゃないって思っていたのに。
ん?
そういえばどうして、明史兄ちゃん好きって思っていたんだろう?貴史だって実は似たような顔なのだ。黙っていればかっこいいと言えなくもない。なのに。
あたしは記憶を手繰り寄せる。
あれは、保育園のころ。
**
「あきふみにいちゃ!けっこんきしするの!」
「響子はかわいーなあ。おいでー」
「わーい」
そうしてあたしは明史兄ちゃんに手を出したんだった。なにかくれるんだと思って。明史兄ちゃんはきっと頭をよしよししてくれるくらいのつもりだったんだろう。目をパチパチさせ、あたしの手をとって手のひらにチュッとキスをしてくれた。
「はい!約束完了!!」
「やったあ!けっこんきしの約束なのよー!」
淡い淡い恋心はそのチュッにやられて確実な『恋』になった。
そうだ。
そこからだ。
そこから明史兄ちゃんしか好きにならなかった。
でも今は。
貴史のことも好きだ。
これがライクなのかラブなのかはまだまだ謎だけれど。
ふっと貴史を見やれば不貞腐れた顔をしている。
「たかふ、み。じゃあさ」
「ん?」
「貴史からしてみても、いいよ?」
「ん?……んんん?」
だってほら明史兄ちゃんはしれっとできる人じゃない?だから男の子は余裕でそれくらい、さ。
「…もしかしてとは思うけど、響子ってはじめてじゃないの?」
がく。がっかり。ずーっといっしょにいたのにそんなことを聞く?いつだれとしてるっていうのか。
わかるでしょ?わかんない?したことないってば。
でもそんなこと言うのは癪に障る。
「はじめてじゃないよ」
「ええええええ? 嘘でしょう?」
貴史の情けない声が部屋に響く。
「嘘じゃないよ。だから」
明史兄ちゃんからの手のひらへのチュッ。
あれはあたしがキスと認識している。
言うなればあれが初めてしてもらったキス。
こないだほっぺにしてあげたキスは自分からしたっていう意味での、はじめてのキスだ。
だから二番目をあげると言っている。
感謝して?
男の子は度胸でしょ?
「ほ、ら」
目を閉じて、貴史の目の前に顔を差し出す。
貴史が息を止めるのが空気でわかった。
気配を顔の前で感じてそのまま……。
ん?
ない。こないぞ。
くるべき気配がとまっている。
目を開けて確認すればそこには、顔を赤くして動けずにいる貴史がいた。
「しないの?」
「だって……はずかしい」
消え入るような声でいわれるとここちらまで恥ずかしい。さっきまでしてしてってうるさかったくせに。意気地なし。
「男の子でしょ?明史兄ちゃんはさらっとやってくれるよ?」
その言葉でぴきっと貴史が凍りついた。
静かに問うてくる。
「明史と、したことあるのか?」
「え?あああ、まあ」
嘘は言ってない噓は。
ただキスの場所が手のひらってだけ。
その手のひらをじっと見つめて意味もなく握ったり閉じたりを繰り返した。
しばらく無言のままで時間は流れる。
と、堰を切ったように貴史が声をあげた。
「それで響子はすっごく余裕なんだ。俺なんかじゃなくて明史兄ちゃんが好きだから。だから俺とのキスなんか緊張もしないんだろ?くっそ。俺ばっか緊張して馬鹿みたいだろ。好きの重さ違うんだよ悪かったなうまくできそうになくて!」
突然爆発して喋りだし、ふっと黙った。
顔を背けてあたしを見ない。
あたしは口を開けてそんな貴史を見つめる。
…なんだこのこどもみたいな可愛い生き物は。
可愛いじゃん!すごく可愛い!
「ごめん、やっぱり」
と、思わず口から本音がこぼれ落ちる。
「え?やっぱりって……やっぱり『いや』のほう?」
貴史が情けない声を絞り出した。
そうじゃない。
そうじゃなくて。
ごめんやっぱり、男の子ばっかり度胸なんて言ってごめん。
やっぱりほら、女の子が度胸あってもいいんじゃない?
あたしは背伸びをする。
明史兄ちゃんばかり追いかけていて、その背中を遠い距離だと思って嘆いていたけれど。
いつの間にかあたしより随分背の高くなった貴史の、赤い顔をつかまえる。
つかまえられるよ。
この背伸びは無理してない。
ぎりぎりまで目を開けて、視線を逃さない。
赤い頬。見開かれて潤んだ瞳。ぎゅっと引き結んだ唇。ひゅっと鼻で息を吸い込む音がする。息を止めて微動だにしない。
そんな貴史にあたしは顔をゆっくり近づける。
目を閉じる。
そっと貴史の手が動き、あたしの背に回された。触れるか触れないか、熱さだけが伝わった気がした。
顔をそっと傾ける。
唇が触れる。
軽くふれあう、優しいキス。
1秒?5秒?どれくらいだろう?
止めていた息が苦しくなった。
ぷはっ
お互いが同時に顔を離す。
大きく息を吸って吐き、近い顔の距離に気づいて慌てて離れた。
「どっどうだった?明史兄ちゃんとくらべ、て」
「……くらべないし」
「そ、そか」
複雑そうな顔の貴史が面白い。
口と口のキスなんてしてないよって本当のことを言ってもいいけれど、こんな貴史が可愛いから黙っておくことにする。
もとより、くらべるキスもないしくらべる気もないってことも。
女の子は度胸だ。
あと、余裕。
男の子は可愛くていい。
できたら余裕もあっていいかな。
次はもう少し上手に息継ぎしよう。
あたしは笑って貴史の肩を叩いた。
貴史がゲホゲホむせた。
次はいつかな?
もう少し。
少しずつ、あたしと。
キスの仕方を勉強していこうよ。
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