フリルよりも天使よりも

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フリルよりも天使よりも

「バイクってあるよね、貴史(たかふみ)の家の倉庫」 「よく知ってるね」 「そりゃあね」 倉庫においてあったのはブラウンの原付バイク。知っている。あれは貴史の兄の明史(あきふみ)兄ちゃんのバイク。明史兄ちゃんの大学時代の通学を支えていた原付バイク。 いつか明史兄ちゃんと並んで原付で走るのが密かな夢だった。 「兄ちゃんが家を出てくときそのままにしてったんだ」 「知ってる」 7歳上の明史兄ちゃんは就職して家から出た。 従兄弟だけど大好きな人だった。従兄弟と結婚できると小学生の時に本で読んだときには胸が躍った。 『明史兄ちゃんと結婚できる可能性があるかも!!』 なんて喜んだのもつかの間、明史兄ちゃんは高校時代大学時代、彼女を何度も連れてきてあたしの希望を打ち砕いた。しかも入れ替わり立ち替わり、、、とまでは言わないけれど結構な頻度で相手がかわっていたのも知っている。なんといっても従兄弟。家も町内。母親同士の意見交換はばっちりされている。 「響子は兄ちゃん大好きっ子だったもんなあ」 「本気で好きだったけど?」 「まだ?」 「どうだろ?」 明史兄ちゃんの選ぶ女の子はみんな、ふわっふわの髪でふわっふわの服を着て、羽がはえたような天使みたいな女の子たちだった。 ジーンズでパーカーでスニーカーを身につけるあたしは、明史兄ちゃんのタイプとは真逆。 選ばれるわけがない、と思っていて。だから諦めてしまった、のかな。 「こないだ連れてきてた彼女、妊娠してるんだって」 「え!!!!うっそ!ショック!!!」 「うそ」 けろりと貴史が言うからあたしは肩をがくっとおとした。 「やめてよ、心臓に悪い…」 貴史は立ち上がってキッチンへ移動する。 おばさんはお出かけ中。うちのお母さんと買い物へ行った。 お湯を沸かす音がして、リビングにコーヒーの匂いが漂ってきた。 「ショックなんだ?」 「……そりゃあ」 「まだ好きなんじゃん」 小さな呟き。そして無言でコーヒーカップを渡してくれる。 テーブルにはあたしが持ってきたバレンタインのチョコ。どこにでも売っているチョコは、今の時期だけのラッピング。ハートのシールなんかも貼ってある。 その包装をそっと開けて、貴史はゆっくりとチョコをつまんだ。 実はもうひとつ。 明史兄ちゃん用のチョコも持ってきている。 そんなこと貴史にはバレバレだった。 ごめんなさい、本当はあたし、夢見がちなタイプなのかもしれない。まだかすかな希望を持っているのかもしれない。 でもジーンズだしパーカーだし、なんならお出かけはスマホひとつだし、つまるところ可愛い服も鞄も靴ももっていない。明史兄ちゃんのタイプになりたくてそんな外見に寄せていったこともあったけれど、鏡に映る自分がどうにも可愛くなくて全部捨ててしまった。 「あたし、フリルに愛されなかったから」 「俺はそういう女子のほうが好きだけど」 あたしがフリルに寄せていった時代も、結局それらを捨ててしまった事実も、貴史は全部見てきている。…あたしも貴史も17歳になる。長い片思いの歴史は、全部見られている。 明史兄ちゃんに会いたくてこの家に通っていたけれど、明史兄ちゃんが外出していても貴史が絶対に家にいて、あたしの相手をしてくれたこと、わかっている。 今日だってそう。この義理チョコを渡した時だって、ものすごく喜んだ顔をしたことも、ちゃんとわかっている。すぐに無表情にもどったけれど。 ……その上でのそのセリフか。 「それでもいいの?」 顔をのぞき込んで聞いてみると、ぱっと目を逸らされた。 ぐいっと顔を引き寄せてもう一度。 「チョコだって手作りでもなくて市販のだったし」 「……でも俺が好きなカシューナッツ入りだったし」 「ふっっつうのチョコだったよ?」 「俺にとっては普通じゃなくて特別だったの!」 目を逸らしたまま頬を膨らませる貴史を、可愛いと思ってしまった。 可愛いよりもかっこいい、明史兄ちゃんみたいな人がタイプだったのにな。 「……特別になった。あたしにも」 「?」 不思議そうな顔をする貴史の頬に素早くキスをする。 ありがたく思え。あたしのはじめてだ。 「え?え?ええええええ?」 大声をあげる貴史から離れて、窓の外を見る。 かっこいい明史兄ちゃんの原付からは卒業か。 かわりに貴史と自転車で出かけよう。 そのうち免許をとって、二人並んで原付バイクで走るのも、きっと悪くない。 「もういっかい、もういっかいってば!!」 騒いでいる貴史がやっぱり可愛いけれど、聞こえないふり。 だってあたしも、顔が赤いはず。 あさっての方向をみて、呟いてみる。 今のあたしからの精一杯の告白。 「今日は、チョコの味がするから。また今度ね」 …………!! 「…今度っていつ?今でもいいのに…!」 一瞬の空白のあとで貴史の悲鳴が響いた。 それが可笑しい。 横目でそんな貴史をみて、チョコを一粒つまむ。カシューナッツの香ばしさとチョコの甘さが口の中でほろりとほどける。 いつものチョコ。どこにでも売っている。 でも好きな味。 普通だけど特別。 可愛らしいさのかけらもないけど、特別。 フリルよりも天使よりも。
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