3.彼と食事

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3.彼と食事

 送ってもらった日から一ヶ月ぐらいが経った。    いつもは十七時くらいにお迎えに行けるんだけど、いつもよりも遅くなってしまって十八時になっていた。  保育園の門の前で久しぶりに彼とばったり会う。   「この前、あ、もう一ヶ月前になりますけど……。あの時は送ってくださり、ありがとうございました」 「いえいえ、こちらこそ、トイレを貸してくれて、ありがとうございました」  お互いに深々とお辞儀をする。  教室まで行き、いつものように帰る準備をして玄関へ。 「柚希ちゃんの家にまた行きたい!」  斗和ちゃんが玄関で突然言いだす。 「斗和、もう夜ご飯の時間だから、また今度ね」  と、彼が穏やかな口調で言った。  ――えっ? また今度?   その言葉に敏感に反応してしまったけれど、ただとりあえず、娘を帰る気持ちにさせるためだけに言ったのかな?   「柚希ちゃんと遊びたい!」 「私も斗和ちゃんうちに来て欲しい!」  子供たちが一致団結して口々に言う。しばらく続きそう。 「江川さん!」 「はい!」  不意に彼に名前を呼ばれ、私はドキッとした。 「お時間あればなんですけど、すぐ近くにある公園に行きませんか?」 「……そうですね、ちょっとでも遊べば本人たち満足しそうですしね」  日が落ちてきて、少し寒いから本当にちょっとだけ遊ぶ感じかな?  二十分後。何度も子供たちに声をかけたけれど、彼女たちは、ジャングルジム、ブランコ、滑り台、シーソーを何回も順番に繰り返し、ずっと「あともうちょっとだけ遊ぶ!」と言い、遊び終わる様子がない。  あぁ、これ、ご飯作る時間なくなるやつだ。今冷凍のおかずのストックもない。この後適当にお惣菜買って今日はやり過ごそうかな? そろそろ半額シール貼られる時間だろうし。 「江川さん!」 「はい!」  本日名前を呼ばれるのは二回目。  二回目だけど呼ばれた時にドキッとするのは変わらず。 「ご飯、準備されてたりします?」 「いえ、今日はもうお惣菜買って過ごそうかなと」 「じゃあ、どこか食べに行きませんか?」 「えっ?」  ――何これ、夢?  お誘いにのった。 「とりあえず、自転車をうちに置いてきますね!」 「いや、車に乗せますよ!」  そんなこと、イケメン人気俳優に、二度もしてもらうだなんて。  頑なに拒否をして、娘を後ろに乗せ自転車を漕いだ。  自転車を走らせていると、彼の車が横を通り過ぎていく。  家に着くと、すでに彼の車が停まっていたから、自転車から降りるとすぐに乗り込んだ。 「何か食べたいものありますか?」 「食べたいもの……。柚希、何か食べたいおかずある?」 「ハンバーグと、スパゲティと、オムライスと、あとね、お肉!」 「分かりました! じゃあいっぱい食べられる場所に行きましょう! 場所は、僕が選んで大丈夫ですか?」 「はい、むしろお願いします!」  どこに行くのかがとても気になった。  すごい稼いでそうだし、高級なレストランだろうか。そういうの慣れていないから、場違い感が凄くて、その場から浮いちゃったら、どうしよう。  そそくさと帰るわけにも行かないだろうし。  そんな不安を抱いていたけれど、たどり着いた場所は、想像していない場所だった。  着いたのは『ファミリーレストラン FUWARI』。ここは、お手頃な価格でメニューが豊富。  駐車場に車を停め、外に出た。  柚希と斗和ちゃんが仲良く手を繋ぎ、とてもはしゃいでいる。 「子供たち、楽しそうですね」  彼は優しい眼差しで子供たちを見つめている。 「そうですね!」  私も一緒に子供たちを見つめていた。  店内に入ると、肉を焼いたような匂いが充満していて、お腹がすく。夕食の時間だから結構混んでいたけれど、空席がちょうどあり、すぐにウェイトレスさんが案内してくれた。  ボックス席。私と柚希、彼と斗和ちゃんがそれぞれ隣同士に座る。 「先に選んでください」  彼からメニューが載っているタブレットを受け取り、私は柚希と画面を覗き込んだ。柚希はすぐに「これが良い!」と、お子様ランチを指さした。  私はどうしようかな?  久しぶりの外食だし、とても迷ってしまう。  お子様ランチには柚希が食べたいって言ってた、ハンバーグとオムライスがちょうど両方ある。確かさっき、スパゲティも食べたいって言ってたっけ? ちょっと分けてあげようかな? 私はスパゲティナポリタンにした。肉も食べたいって言ってたけれど、ハンバーグって肉だよね?  斗和ちゃんもお子様ランチにして、彼はチーズハンバーグセットを選んだ。  全てが揃い、みんなそれぞれ食べ始める。  子供たちは終始機嫌がよくて、平和なご飯タイムになり、安堵した。    でもご飯中、少し気になることもあった。  近くに座っていた家族がコソコソ話しながら、ちらちらとこっちを見ていた。  ――あ、そっか。  私はすぐにその理由が分かった。  きっとあの人たちは、彼、『生田蓮』を見ている。食事中はマスクを外しているから、彼の正体がはっきり分かる。  彼は、子育てで仕事の量を減らしているとはいえ、それでもメディアへの露出は多く、人気は衰えない。  それどころか、最近、彼が出ている映画が公開された。それが今、あちこちで宣伝されている。私はプロモーションの予告動画しか見てないけれど。  大人気漫画が実写化されたもので、アクションシーンが豊富な時代物の映画。その中で彼が演じた役は、爽やか系な俳優が演じるヒーロー役と対峙する、ブラックすぎる俺様系の悪役だった。すらっとして高い身長と、クールな顔つきがその役を一層引き立てていた。彼は演技が上手いから、リアルな彼も、そんなふうにブラックな性格ではないのか?と思える雰囲気だった。  けれどリアルはとても謙虚で礼儀正しい。  そのギャップがより好印象。  私は家に送ってもらった日から、彼に詳しくなり、隠れファンのようになっている。    「気になります? すみません」 「えっ?」  彼は、ちらちら見てくる家族に視線を一瞬だけ移し、目配せした。  ――私があの家族の視線を気にしていること、気がついてくれたんだ。 「生田さんこそ、大丈夫ですか? 私といるせいで、変な噂が立ったりしません?」 「いや、僕はこういうの慣れてますし、大丈夫ですよ! それに、噂なんて気にしないですし。別に悪いことしてるわけじゃないので」  私がもしも彼の立場だったら、すごく気にすると思う。小さな噂も俳優として人前でお仕事をしている彼にとっては、時には致命的。下手したら仕事がなくなってしまう原因にもなりかねないし。 「気にしない」って言葉は気を遣って言ってくれたのかもしれないし、本音なのかもしれなくて、分からない。けれどなんだか一緒にいると、優しさと共に彼の強さも感じる。  こっちを見てくる家族は先に帰った。  心が軽くなった。  自分の分を食べ終えてから、柚希が食べきれなかったお子様ランチのおかずも全て食べきる。  最後は、四人で声を合わせて「ごちそうさまでした!」と言った。  子供たちは満足した様子。  彼が先にレジへ行き、全ての支払いを済ませる。  私は財布をだし、自分たちが食べた分のお金を彼に渡そうとした。 「いや、お金出さなくていいよ!」 「いや、出します!」  出さないといけない。  だって、私と彼はそんなに親しいわけではないし。 「出さなくてもいいよ!」 「受け取ってください!」  言葉は平行線のまま。 「じゃあ、僕が支払った見返り?として、ひとつ、お願いしてもいいですか?」 「はい、是非! 私に出来ることなら」 「また、一緒にこうやってご飯食べに行くの、お願いしても良いですか?」  ――えっ? えーっ!!  確かに私に出来ることですけど。  そうして私たちは、子供たちのお迎え時間を合わせ、そのまま一緒にご飯を食べに行くようになっていった。  そして、彼とLINEの交換もした。
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