エマージェンシー・プリン

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 僕はとにかく食いしん坊で、亜由美と結婚する前は今よりも10kg太っていた。それが美食家でありながら健康志向高めの彼女と結婚したことで自然に痩せたのだからすごい。それでも時々猛烈に体に悪そうなものを食べたくなることが今でもある。一緒に外食へ出かけても、亜由美は僕のチョイスをさりげなくチェックし、「糖質が高すぎるからダメ」とか「もっとたんぱく質を摂って」と指導が入る。僕の健康を考えてのことだからありがたいのだが、「食べる」とはそういうものではない。食べたい時に食べたいものを食べたいだけ食べる。それが一番幸せな食べ方というものではないか? 「ねぇ? 僕たち、いい子にしてるよね~」  本音と建て前をすり替えて腕に抱いた愛犬に同意を求める。殿はどうでも良さそうにあくびで応えた。 「あ、それから。私が今日買っておいたパティシエール・スズコのプレミアムプリン。奇跡的に買えたんだから、ぜっっっったいに食べちゃダメだからね? 北海道から戻ったら、ご褒美に食べるんだから!」 ここまでの経緯を語れば、ほとんどの人が鼻で笑ってあきれるだろう。 「もしかしてお前、そのプリンを食べたの? 奥さんが帰ってくるまでに買っておけばいいや、とか何とか、悠長なこと考えてて、まさか今の今まで忘れていたとか?」と。 聞いて驚くな。そのまさかだ。 亜由美は世界で一番好きな食べ物がパティシエール・スズコのプレミアムプリンなのである。しかし、とてもおいしく大人気ゆえ、なかなか手に入りづらい。いや、時間に融通の利く主婦とか学生なら比較的難しくはないだろう。11時、15時の一日二回、販売するタイミングが決まっているから、その時間をめがけて行列に並べば良い。しかし、僕も亜由美もしがない会社員の身だ。外用でもあればチャンスだが、なかなかうまい具合にはいかないものである。ちなみに予約や取り置きは受け付けていない。
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