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思わずその場にしゃがみこんだ僕の顔は、おそらく真っ青だったに違いない。
僕は知っている。亜由美がパティシエール・スズコのプレミアムプリンにかける情熱を。本当なら彼女は毎日でも食べたいくらい好きなのだ。しかしそれはあまりに無謀で現実的ではないため、何かを成し遂げた時のご褒美や記念日、逆にひどく落ち込んだ時の景気づけなど、とにかく別格な存在として位置付けている。
それだけに出張から帰ってきた亜由美がプリンのないことを知ったら……。冗談抜きで別居とか離婚の二文字が頭を過った。それだけは嫌だ! 僕は心から彼女を愛している。それは自信を持って言えるけれど……だったらどうしてプリンを食べたんだ!? どうして買い忘れるんだ!? 己の意地汚さで最愛の人を失うのか……!? またしても己の愚かさに打ちのめされる。
「お、お客様? 大丈夫ですか? あのぅ……はっきりしたことは申し上げられないのですが──」
店員さんが何か話しかけてくれていたけど、もはや僕の耳には何も入ってこない。まるで聴力を失ったみたいだ。だって、今日プリンを手に入れられなければ、どんな情報も意味はないのだから。
トボトボと会社への道を歩きながら、どうにかならないかと脳みそを振り絞って考えてみる。他の名店のプリンを買ってごまかすか? いや、ダメだ。パティシエール・スズコのプリンは、ぽってりした厚みのある店名入りの可愛いガラス瓶に入っているから、食べる前にすぐばれる。味だって亜由美の好みじゃないかもしれない。
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