エマージェンシー・プリン

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 こんな調子だから、定時までの勤務は惨憺(さんたん)たるものだった。ミスばっかりして課長に注意されるし、女性社員にはクスクス笑われるし、入社したての後輩にまで心配される始末。これでは亜由美と駄目になる前に失業するかもしれない……。 会社を出てスマホをチェックすると、亜由美から『北海道から夕飯用に空弁買っていくね♡ タラバガニ、ウニ、イクラがぎっしりだよ♡』とラインが入っている。どれも僕の好きなものばかりだ。ハートマークがついているところをみると、商談はうまくいったのだろう。本来ならさぞかし心躍るメッセージだが、もしかすると最後の晩餐になるかもしれない。いや、そもそも食べられるのかどうか……。  自宅マンションへ帰ると、何も知らない殿がいつもどおりに出迎えてくれる。帰路の途中、僕が「冷蔵庫を整理していたら殿が食べちゃったんだよ」という濡れ衣を着せようとしたことも知らずに。ああ、なんて僕は罪深いのだろう。無垢で物言わぬ犬のせいにしようとするなんて。そんな考えの過る自分が恐ろしい。まさに人間失格だ。 「はぁ……」  何度目かわからないため息をつき、冷蔵庫の扉を開ける。己の失態を悔やむあまり、一瞬だけプレミアムプリンの幻を見たような気がしてハッとしたが、やっぱり気のせいだった。亜由美が数日いなかったせいで冷蔵庫の中は少しがらんとしている。目につくのは、納豆、豆腐、塩蔵わかめ、卵、牛乳、ビールなど、常備しているようなものばかりだ。せめて汁物でも作ろうか? でもただの味噌汁では、プレミアムプリンのお詫びにはならないよなぁ。せめて茶碗蒸しなら、ちょっとごちそう感があって、プリンっぽくて……。
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