第六章 大切なもの

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「さてと。君はまだ狙われているだろうね。僕の屋敷に引っ越して来たら良い。そうすれば、手出しはできまい」 「ありがとうございます」  誠は素直に頷いた。それが良かろう。これまでの恩返しをする意味でも、住み込みで働けるのは好都合だ。  対して雅近は、我が意を得たりと笑う。 「そっか。あそこに住むんだ。じゃあ、向き合わなきゃいけないね、真白に」 「あっ」  忘れていた。誠は目を泳がせる。 「前は急に怒ってごめんね」 「い、いえ。私こそ、かなり失礼なことを」    唐突に謝られて、あわあわと謝り返す誠。  真白の件で二人が気まずくなった時に、誠がとった態度。  相手が雅近でなかったら。罪に問われるか、その場で殺されるかしていてもおかしくない。 「お互い、水に流そうか。でも、主人になった記念にお願いを叶えてよ。真白の、父親になってあげてくれないかな」  雅近は、精一杯軽い感じを装う。  それでも自身の『お願い』には自然と強制力が付随してしまう。そのことが不快だったらしい。窮屈そうに眉をひそめる。 「あ〜、ごめん。僕は、母を幼い頃に亡くしていてね。腹違いの兄がたくさんいるから跡継ぎ問題とかには無縁で、父にはまともに会ったことすらほとんどないんだ。親に愛情を注がれない境遇の空虚さをよく知っている。ましてや、親に冷たくされるのはどのくらい辛いだろうって想像すると、やるせなくなるんだよね」 「雅近様……」  張り付いた作り笑顔が、痛々しくて。  雅近を見ている誠の方がやるせなくなる。  誠はここ数年こそどん底だが、それまでの暮らしは穏やかで、ある程度恵まれていた。  家族とは、篤良の一族へ奉公に出てからは連絡が途絶えている。とはいえ、幼い頃は愛されて育った。別れるその瞬間まで良い関係を保てていたというのが、誠の実感だ。  血の繋がった者達に疎まれる。自分を守ってくれるべき親や年上のきょうだい達を警戒しなくてはならないという状況。  誠には想像も及ばない。 「そういえば、あの子の母親はどうしたんだい?」 「あっ……牢に、繋いでしまいました」 「だと思った」  雅近は、やれやれと嘆息した。  真白の母親は、上流貴族である雅近を襲撃したのだ。未遂に終わったとはいえ、重い刑を科される可能性は大いにある。 「今の真白は、母親と会えず、父親と思っている人からも拒絶されて、かなり不安定だ。母親は近いうちに釈放されるよう、僕が裏から手回ししておくよ。晴れて出られたら、彼女は屋敷に引き取ろうと思う」 「何から何まで、ありがとうございます。あの者は虚弱そうでしたので、あまり手荒に扱われないように、私も気をつけておきます」 「ふふっ、君の口からそんな言葉を聞けるとはね」  雅近は本気で楽しそうだ。誠は照れくさくなり、頬を掻いた。 「親子は、主従とは別物でしょう。血縁によるものですから、契約でどうこうするのは不可能かと」  照れ隠しから、強引に本題へ戻る。  誠の意図は見え透いていたが、雅近は知らぬ振りをして流れに乗った。 「今さら、そういった定義の話をするのも不毛だと思うよ。じゃあ、『真白の父親みたいな存在になってほしい』って言ったら頷いてくれるのかな?」 「『父親みたいな存在』と言われましても。『父親』とは、具体的に何をすれば良いのでしょうか」 「僕は詳しくわからないな」 「雅近様っ!」  無責任な物言いを咎めるような目を向けた誠は 「そういうのはむしろ、君の方が詳しいはずだよ」  思いの外真剣に返され、ぐっと言葉に詰まる。 「し、しかし。真白は、私を怖がっているのでは?」 「全然。君の帰りを待っているから、大丈夫」 「何故、そうなるのです」 「さて。何故だろう。とにかく、会ってみればわかるよ」
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