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序章
「ほら、歩け」
踏み込んだ屋敷を物色する同僚達を放って、捕縛した人々を引っ立てていく。
ここの主人は都の市場を荒らすようなあくどい商売をしていたんだったか。しかし、連座で罰を受ける女子供や使用人達の気の毒なことよ。
次々と牢に押し込み、最後に残ったのは十五を過ぎたあたりの少年だった。おそらく、一族の若君だろう。
彼は大人しく格子の向こうに入って座り込む。
今日の勤めもこれで終わりだ。鬱々とした気分を追い払うように扉を閉めて錠前を下ろす。
が、立ち去ろうとした時に牢の中の少年がのろのろと顔を上げた。
一瞬、視線が交錯する。
暗い、生気のない、呆然とした瞳。恐怖どころか絶望さえ見て取れない、深淵の闇ヘぽっかりと穴を開けた虚ろ。
ぞっと、背筋に寒気が這い上がる。胸の奥がぎゅっと握りしめられたかのように苦しい。間違いなく、かつて、彼くらいの歳だった頃の私も、同じような目をしていただろう。過去の屈辱が蘇り、正気を失いかけるのを、何とか踏みとどまった。
彼らのこれからを思うと心が痛むが、これが私の仕事なのだから仕方がない。どうせ、私に選択権などない。今までも、これからも。
獄舎を出て、空を見上げる。澄み切った、優しい青。
空は、どんな境遇の人にも公平に美しい。どんなに汚れきっていても、どんなに誇りを傷つけられても。美しい空を見ることだけは、ほぼ全ての人が、富も権力もほしいままにしている貴族と同じように許されている。
「……ふう」
夢を見続けるのはやめよう。私は全て失った。
あの方々も、小さくて平凡な幸せすらも。
もう二度と、戻ることは無いのだから。
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