<18・ヒジュツ。>

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<18・ヒジュツ。>

「遊郭時代。男だと知っていながら、俺に会いに来るような客は奇特な者ばかりだ。それも、妙に金払いが良かったりするというな」  もう、映子と二人きりの時は完全に一人称を誤魔化すこともやめたらしい。堂々とベッドの上にあぐらをかいて座りながら、蓮花は言った。 「売られた時の借金などとうに返し終わっていたが、そもそも俺は店以外に行くところのある身でもなし。クソオヤジのところに帰ることができたとで、俺を売って平気な顔をしている男のところになんぞ戻りたくもなかったしなあ。で、そのままだらだらと客を取り続けていたが……まあ、捧げものを持ってくる客も少なくなかったわけだ。借金がもうないから、それらの多くは俺のものということで部屋で埃を被っていたわけだが」 「なんか、勿体ないですね。売ればお金になりそうなのに」 「そうだな。花街に売られる前の俺なら目の色を変えて売りに出ただろうが……今は金に変わったところで、欲しいものがあるでもないしなあ、とそのまま放置していた。いやはや、男であると店もはっきり言ってるのに、何で俺のような者が花魁の地位まで上り詰められたのか、さっぱりわからんな。世の中には想像以上に奇特な者が多かったということかもしれぬ」  確かに、本来なら遊郭とは男が美しい女を買う場所だと聞いている。男を買う専門の店、陰間茶屋とは完全に取り扱う“品”が異なるのだ。そんな中、特例中の特例として、それも堂々と男であると公言した上で売りに出されていた“男の遊女(矛盾しているが、そうとしか表現しようがなかった)”など異質でしかなかっただろう。  が。  それでも遣り手が、蓮花を買うことを選んだのはわからないでもない。同時に、そこまでの数の客がついたというのも。  悔しいが、映子の眼から見ても、蓮花の美しさは折り紙付きである。というか、本当に本当に悔しい事だけれど、映子自身よりも美しいと思った存在は男女問わず蓮花が初めてかもしれないほどだ。どこか冷たい目もまた、きっと多少の被虐思考を持つ者にはそそるのだろう。人を一目で魅了してしまう、魔性の色香があるとでも言えばいいだろうか。 「その時貰った品の殆どは帝に献上したが、その代わり一部は嫁入り道具ということで……俺自らが持ち込むことを許されたのだ。髪飾り、帯、ちょっとした本の類や手鏡のようなものもあったか。三味線もあったな。……とにかく、そのような中でひときわ異質だったのが、あの壷だ」  壷。
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