1話 廃灯台の光

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1話 廃灯台の光

 波の音が耳の奥にざらざらと残る。この土地が海に面し、常に潮風に曝されているからだ。  あなたの部屋の窓からは、暗闇に聳え立つ灯台が見える。もう稼働しなくなったその建造物は、ただ白く静かに佇んでいた。  時代の流れと共に必要とされなくなり、光を放つことのない灯台。稼働していた当時は灯台のすぐ傍に併設された小さな家に灯台守(とうだいもり)と呼ばれる親子が住んでいたのを、あなたは知っているだろうか。今はそこにいる必要もない為、無人であるはずなのだけど――今夜あなたは灯台に光と人影を見つけたようだった。    風の強い夜。轟々と海鳴りが渦を巻き、空気が大きく震えている。勉強の合間、あなたは少しだけ開いたカーテンの隙間から外の様子を眺めていた。その時ちらちらと輝く存在が視界に映り込んだのだ。   「ねえ玻璃(はり)、今灯台に誰かいた」 「あそこ無人だよ」 「そうなんだけど……見えたもの」    あなたと瓜二つの玻璃(はり)は不思議そうな表情で立ち上がり、カーテンを大きく開けた。窓の外をじっと覗き込むが、やがてかぶりを振った。玻璃の濡れたような艷やかな黒髪が揺れる。  あなたと玻璃は鏡に映したようにそっくりの容姿を持っていた。まるで規格の決まった既製品の人形が、規格外になってはならないかのように。前髪の形、後ろ髪の長さまできっちりと揃っている。   「瑠璃(るり)、気のせいだよ。風が強いから、何かと見間違ったんだ」 「そうかも知れないけど……」 「そんなことより早く宿題やっちゃお。瑠璃の学校、宿題多いんだから」    あなたと玻璃(はり)は双子でありながら、別々の高校に通っている。玻璃は公立、あなたは私立の高校と進路が分かれた。常にお互いが規格内に収まりセットで見られることについて、あなたたちは若干うんざりしているのだろうか。  あなたはタータンチェックのスカートに紺のブレザー、玻璃は淡いブルーグレーのセーラー服を身にまとい、毎朝一緒の時間に家を出る。家から徒歩でバス停まで行くと、今度は行き先の違うバスにそれぞれ乗って学校へ向かう。バス停までは双子であるあなたたちは、行き先を違えて単なる「個」になるというわけなのだろう。高校からの友人は、玻璃という存在を知らない。   「――あっ」  玻璃に言われて宿題に向き合っていたあなたが、小さく声を漏らした。何かと見間違ったと言われたものの、やはり窓の外が気になっていたあなたは、再び何かを見つけたようだった。 「瑠璃(るり)、勉強に集中して」 「でも今、何か赤いものが飛んで行ったの」 「これだけ風が強いんだもん。そりゃ何か飛んでくわよ」 「私、見てくる」 「瑠璃!」  こんなに風の強い夜に、あなたは何をそんなに気にして外に行こうというのだろう。玻璃は呆れた様子で出ていこうとするあなたの部屋着の袖を引いた。   「駄目だよ、こんな時間に一人で家を出るなんて」 「じゃあ、玻璃も一緒に来て」 「そういう問題じゃないよ」  玻璃は渋っていたものの、やがて食い下がるあなたに負けたようで不本意そうにため息をついた。 「そっとね。パパとママにバレたら、何言われるか」    そうしてあなたたちは両親に見つからないように、部屋着のまま家を出た。嫌そうだった玻璃は不安そうな表情を浮かべていたけれど、それでもあなたについてきてくれた。あなたたちは二人なら、どこまでも行けるのだ。    わたしはあなたの空想上の友達(イマジナリーフレンド)。ずっとあなたを見守っているだけの、何をすることも出来ない存在だ。      
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