2話 雨に濡れたスカーフ

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2話 雨に濡れたスカーフ

 外に出ると風の音が地鳴りのように響いていた。肌で感じる強風に雨が混じり始めている。ほんのり部屋着が濡れる程の雨が、傘を差していても少しずつあなたの体温を奪っていった。夏が訪れる前のぬるい夜は、幾分冷える。そこに雨が重なれば尚更だ。    海の波は灯台を飲み込もうとするような勢いで荒れていた。そんな悪天候の中、あなたは先ほど気になった赤い何かを探して視線を彷徨わせる。けれど光のない廃灯台は闇を照らすでもなく、心許ない懐中電灯に頼るしかなかった。   「ねえ、瑠璃。……もしかしてあれ?」  しばらくして玻璃が、灯台に併設された小さな家の柵に引っかかった何かを指差した。家を囲む柵には古びた表札がかかったままになっていて、うっすら「三崎(みさき)」という文字が読み取れる。その表札に、何かが引っかかっているのだ。    あなたもすぐにそれが自分の見た何かであると確信したようだった。強風に煽られる傘は、差す意味があまりない。あなたは濡れることも厭わず傘を閉じ、柵に近づいて引っかかったものを手に取る。  雨に濡れてしっとりと重みを帯びた、赤いスカーフだった。   「これって玻璃の学校の……?」  玻璃の通う学校の制服は白襟のセーラー服に赤いスカーフを結ぶのだけど、それにとても酷似していた。あなたはそれを透かし見てみたものの、特に持ち主の名前や学校のマークが入っているわけでもない。ただ似ているだけの別物である可能性もあった。   「玻璃のスカーフ? ……は、あるよね」 「スカーフなしで学校行ったら、生活指導受けるんだよ。だからちゃんとある」 「じゃあ、他の誰か……この辺、玻璃と同じ学校の子いたっけ」 「同じバス停からは乗らないなあ」  つまりこの辺には玻璃と同じ公立高校に通う子はいないということだ。確かにあなたもこれまで、同じセーラー服を着て歩いている他の少女を、この辺で見かけた記憶はなかった。 「一体誰のスカーフだろ」 「瑠璃、とりあえず帰ろう。それが気になって出てきただけでしょ? 目的は果たしたよ」 「うん……」  その時灯台がちかちかと輝いた気がして、あなたはそちらに目をやった。  もしかして、本当に誰かがいるのだろうか。こんな嵐の夜にわざわざ、何かを探しに出てきたあなたを灯台から見張っているのではないか。 「――あれ」  あなたから小さな声が漏れた。灯台の内部に自分自身の姿を見つけた気がしたのだ。あなたと玻璃に酷似した少女。規格内に収まった「誰か」を。  けれどそんなことがあるだろうか? よく見ようとしたが、すぐに闇に紛れていなくなってしまった。それはあなたの心が見せる、幻なのだろうか。   「誰も……いない……」  あなたはじっと考えるように灯台の方をしばらく見ていたものの、やはり見間違いだったのか灯台は暗いままだった。誰の姿も見えない。  やがて玻璃が促した。 「ね、帰ろう」 「そうだね……」  あなたは濡れたスカーフを小さくたたみ、手の中に握り込むと、玻璃と一緒に家へ戻ることにした。  
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