4話 灯台守の少女

1/1
前へ
/7ページ
次へ

4話 灯台守の少女

 海岸に設置されたこの有人灯台は、もう必要ではない。近々廃止されるのだと告げられた時、父は時代の流れであるとあっさり理解を示した。あと数年で定年だった父からしてみれば、役目を終える時期としてはまあまあ良かったのかも知れない。 「ここに残ることはできないのかな……?」  父に無理を言ったところで、良い返事が聞けるはずもなかった。  わたしは生まれてからずっとこの灯台で暮らし、海を見守ってきた。灯台守である父のオマケでしかなかったけれど、わたしにとってここは生活の場であったのだ。父と二人きりで生きてきた、かけがえのない場所だった。 「(あかり)、無理を言ってはいけないよ。おまえはこれからの人間だから、こんな灯台で燻っているよりも都会の方が絶対に楽しい。心配しなくても大丈夫」  父の言っている言葉がまるで理解出来なかった。  わたしには母がいない。  わたしを産む時にひどく難産で亡くなったそうだ。おなかの中でわたしの片割れが、産声を上げることも出来ずにいたと聞かされた。……わたしには、双子の姉妹がいたのだ。本当なら両親と双子の姉妹とわたし、四人で暮らしているべきだったのに、わたしが生まれる時に二人も死なせてしまった。  そのことを思うと、呼吸が止まりそうになる。  それでもこの灯台での暮らしが、優しい海のノイズが、わたしのリズムを整えてくれていたのに。  だからずっとここで生きていたかった。  けれど上からのお達しに抗えるはずもない。新しく移り住んだ住処は、父の生家が残る海のない土地で、昼はうるさく夜は眩しい、星の見えない街だった。  灯台の灯りは、星を消したりはしない。  海の音はもうどこにも存在しない。中途半端な都会のざわめきに、わたしは慣れ親しむことが出来なかった。  あの白い灯台は、いつか取り壊されるのか。  あるいは観光スポットとして残されるのか。わたしは何も知らない。  けれど、聞こえないはずの海鳴りがたまに耳の奥から聞こえてくる。わたしは空想の中で、灯台のてっぺんに続くなめらかな螺旋階段を登ってゆく。ぼんやりと幻聴に身を委ねると、まるで胎内回帰するかのような錯覚に陥る。ふわりとした心地のよさを覚えるこの瞬間が、わたしはたまらなく好きだった。 「かえりたい」  海にいる人を導く為の巨大なライトの造形は美しくて、わたしを虜にさせる。どうしてこんなに美しいものを時代の流れだからと言って切り捨てることが出来るのだろう。わたしには到底理解出来なかった。  それともこれは単に、わたしが灯台に囚われているだけに過ぎないのか。  わたしは生きているのか。  それとも死んでいるのか。 「海へ還りたい」  ――海に、  溶けてゆきたい。同化したい。  このまま混じり合って朽ちてゆきたい。  ぶくぶくとこの体が海の奥底へ沈んでいくような気がして、わたしは意識を手放した。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加