5話 瑠璃と玻璃

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5話 瑠璃と玻璃

 あなたは浴槽のお湯に体を沈め、半ば溺れるように深い眠りを貪っていた。  そして気がつけば、病院のベッドに横たわっていたのだった。目を覚まし周囲を見回すと、両親が心配そうにベッド脇のパイプ椅子に腰掛け、意識が戻るのをまんじりともせずに見守っていた。窓から差し込む光から察するに、夜が明けたのだろう。 「……あれ?」  現状把握出来ていないあなたは、急に体を起こしたせいで世界が斜めになった。ふらふらの体をママが素早く支えてくれる。 「お風呂で寝たら駄目って、何度も言ったじゃない! あなたまた溺れていたのよ」  また、というのは過去にも同じことをしたからだ。ヒステリックにも聞こえるその声は、あなたを心配するが故なのだろう。それがわかるのか、あなたもママに言い返したりはしない。パパは口出ししても仕方ないと思っているのか、ママに一任しているのか、あなたたちのやり取りをただ傍観している。    どうして眠ってしまったのだろう。玻璃にもお風呂で眠らないようにと言われていたのに。あなたは自己嫌悪して、自然と暗い表情になる。  ――それとも、溺れてしまいたいと思っているのか。まるで海と同化するかのように。 「大体、どうしてお風呂にいたの? あなたの部屋にずぶ濡れの服があったわ。外に出たのね?」 「……ごめ……んなさい」 「夜外に出たら危ないのよ。しかもあんな風の強い時に。……お願いだから、大人しくしていて。これ以上私を心配させないで」  ママの声は震え、あなたのことを離すまいと強く抱き締めていた。 「ねえ、ママ……玻璃は?」  両親が揃ってここにいるということは、玻璃は一人で留守番しているに違いない。高校生にもなっているのだから留守番くらい出来るはずだった。ただあなたとしては、玻璃にもここにいて欲しかったのだろう。  ママはあなたの言葉になんだか複雑な顔をして数秒黙り込んだあと、「とにかく帰りましょう」と言った。  お風呂で溺れたあなたを見て、きっと慌てて救急車を呼んだのだ。意識が戻れば帰って良いと医師に言われていたのかも知れない。帰ると聞いたパパは、会計をする為か席を外した。 「うん……ごめんねママ」 「いいのよ。でも次は気をつけて。お風呂では眠らないと約束してちょうだい」  あなたは頷くことしか出来なかった。  タクシーに乗って三人で家路に着く。今日は平日で、これから学校に行くとしたら一時間目には間に合いそうもなかった。多忙な両親はすぐに仕事に出かけると言い、あなたは休んでも良いと一人家に取り残された。  部屋に戻ると既に玻璃はいなかった。  学習机の上に置かれた赤いスカーフは、しわくちゃになって半分乾いており、昨夜脱いだはずの部屋着は片付けられていた。 「玻璃……学校行ったのかな」  着替えようとクローゼットを開いたあなたは、けれどそこにブルーグレーのセーラー服が掛かっていることに気づく。 「……玻璃……?」  玻璃の制服がここにある。ということは、玻璃は登校していないのだ。家のどこかにいるのかと、あなたはまず二階を捜索する。なんだか嫌な予感がしていた。 「そう言えば玻璃の机は? ベッドは……部屋はどこ?」  双子とは言っても高校生にもなるあなたたちは、同じ部屋でずっと過ごしていただろうか。あなたの部屋には二人分の家具はなかったはずだ。  玻璃はどこにいた?  ……しかし今はそんなことはどうでも良い。  一人で留守番していた玻璃の身に何か起こったのではないだろうか。まさか不審者が侵入して、玻璃を連れ去ったなんてことは? あなたはぐるぐると悪い考えに支配され、家のあちこちを見て回った。 「玻璃……」  どこにもいない。シューズボックスを見ても、玻璃の靴はない。自分でどこかに行ったのだろうか。あなたは居ても立っても居られず外に出た。  昨夜の嵐が嘘のように穏やかな空。波の音が規則的にあなたを包み込んでいた。         
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