7話 海へ還る

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7話 海へ還る

 海へ還りたい――  それがすっかり口癖になった(あかり)は、海を離れてから精神的にすっかり不安定になっていた。  長年灯台守を勤めてきた灯の父は、職を辞して第二の人生を歩んでいた。歳を取ってから出来た子供である灯を、母もいないのにどう扱って良いのかわからないでいる。高校にも入学したばかりだと言うのに、何をそんなに灯台に執着しているのか。 「私が預かるわ、兄さん」  そう言ってくれたのは、子供が出来なかった彼の妹だ。灯にとっては、実の叔母にあたる。かつて守っていた灯台の傍に家を用意し、灯の為に仮初(かりそ)めの家族を演じてくれた。実際に、愛情も注いでいたのだろう。  けれど灯の症状は思わしくない。想像上の双子の姉妹を作り出し、自らも違う名前に置き換えて、灯であることを放棄していたのだ。  そこに行きたいのに完全に閉ざされた廃灯台の存在は、逆に灯の病みを加速させていったのかも知れない。  どうすれば良かったのか、誰にもわからなかった。 「海へ……」  還ろう、この灯台もろとも。  灯台のライトを煌々と照らそう。朽ちてゆくだけであるならば、いっそこの手で華々しく終わらせたい。  あなたは赤く燃える(スカーフ)を灯台に近づけた。  誰もいないあなたの部屋の窓には、赤々と聳え立つ灯台が映り込んでいる。もう稼働しなくなったその建造物は、ただ強風に煽られ、海岸を照らす蝋燭の炎のように佇んでいた。空は煙に満ち、やがてブルーグレーに染まっていった。  息が苦しい。  目が焼け付くように熱い。  けれどあなたの心は穏やかだった。灯台と共に朽ちてゆくことを選んだのだ。けれどもしこの悪夢から目覚めることが出来たなら……  遠くから近づいてくるサイレンの音が、あなた(わたし)の耳の奥にざらざらとこびりついた。    
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