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「柚子には申し訳ないけれど、彼女とは別れられない。君は家族だから、もう抱けないんだ。あまりに近くなりすぎて…近親相姦のような気持ちになるから。でも、一番大切なのはもちろん柚子だよ。わかってくれるだろ」 そんな勝手な言い分を通すつもりなら、私も他所の男と浮気をして構わないのね、そう啖呵を切ると彼は、それでいい、と事も無げに応えた。 自棄(やけ)になり柚子自身も浮気したことがあった。 しかしその行動は空しいだけで、ごく短期間で終わりを迎えた。結局のところ夫を嫌いにはなれなかったし、生来の潔癖さもあって、夫以外の人に身を任せることで心が癒されることは無かったのである。 スマホの向こうで敏江がまだ怒っている。その声を聴きながら「熱いわねえ。他人のことだから怒れるのかしら」――そんな風に思う。柚子にはどこか覚めたところがあった。 元からそういう性格だったのか、夫との生活が心を殺してしまったのか、どちらなのかは本人にもわからない。 「理解がある、っていうんじゃないの。もう面倒くさいの。考えることを放棄してるのよ」 でもね、と柚子は言った。 「今の生活は悪くないと思っているの。だってこれが私の築いてきた生活だもの。家具とか、食器とか、必要なものが自分の思う場所にあって、彼との生活リズムもなんだかんだ合っていて、居心地はぜんぜん悪くないの」
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